遺伝子組換え食品、非表示で流通の恐れ 秘密裏で米国から圧力、支離滅裂な政府の説明

2015.06.23
 
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最終局面といわれるTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)交渉で、食の安全・安心をめぐる重要なテーマの一つ、遺伝子組換え食品表示問題はどうなっているのか。米国が遺伝子組換え食品の表示は貿易の障害になるから廃止せよと、日本に圧力をかけているのではないかといわれる中、国民は不安をかき立てられている。この問題の背景には何があるのか――。

隔靴掻痒の思い募るTPP交渉説明会

5月半ば、東京都内で内閣官房TPP政府対策本部による「TPP交渉に関する説明会」が開かれた。この説明会は、これまで関係団体(各種業界団体や消費者団体など)向けには公開されていたが、一般向けに公開されるのは今回が初めてだ。日本がTPP交渉に参加してからほぼ2年。この間、安倍政権は秘密保持契約【編注1】に基づく異例の「秘密交渉」の原則を盾に、情報公開には極めて消極的だ。そのため国民の多くはメディア情報の真偽のほどを確かめようもなかった。

同説明会で担当の内閣審議官は「交渉は最終局面だと実感しているが、残された課題は結構あり、しかも難しい」としながら、物品市場アクセス(物品貿易の関税撤廃・削減)など交渉の21分野【編注2】について、一つずつ説明した。その中で、直接、食の安全・安心に関係するのが、SPS(衛生植物検疫)協定【編註3】と、TBT(貿易の技術的障害)協定の2つだ。いずれもWTO(世界貿易機関)協定に含まれている。

もともと貿易交渉は、WTOでの多国間交渉で進められてきたが、先進国と途上国との対立激化などで、全会一致が原則のWTOでは交渉が難しくなってきた。そこで、世界的に2国間以上の地域で結ばれるFTA(関税などをなくす自由貿易協定)やEPA(FTAに加え、投資など幅広い経済連携協定)が主流となってきた。TPPはEPAの一つだ。

FTAやEPAはたとえ2国間でも、互いに実質的にすべての貿易自由化を進めればWTOが目指す世界的な貿易自由化に近づくため、WTOの例外として認められている。つまり、TPP もWTO の枠内にあり、そのためにSPS協定とTBT協定もTPPの交渉分野とされたようだ。

SPS協定【編注4】は、人や動植物の生命・健康を守るための措置(事態の対処に必要な手続き)が、貿易の不当な障害になることを防ぐためのルールだ。その対象は、(1)病原菌そのもの、(2)病原菌が入り込んだ動植物、(3)食品・飲料水・飼料に含まれる添加物や汚染物質(農薬・動物用医薬品の残留物、異物を含む)などだ。

一方、TBT協定【編注5】は安全や環境保全を目的とする産品ラベル表示などを含む規格と、その認証手続きが貿易の不必要な障害にならないようにするためのルールだ。TBT協定の対象は工業品と農産品を含むすべての産品だが、SPS協定の対象は除くとなっている。遺伝子組換え食品はSPS協定の対象になっていないことから、TBT協定の対象になっていると考えられる。

また、日本のTPP正式参加(2013年7月23日)前の12年3月に発表された「TPP協定交渉の分野別状況」【編注6】のTBT項目に、「GMO(遺伝子組換え作物)やそのラべリング(表示方法)、自動車についての提案はない」と書かれている。この点からも、遺伝子組換え食品表示問題は、SPSではなくTBTで扱われると見なしてよい。

矛盾する政府

同説明会で内閣審議官は、SPS協定とTBT協定について、いずれも「WTO協定の付属書の一つとしてSPS協定(あるいはTBT協定)があり、TPPでも大枠としてはそれを踏まえたものとなっている」「食の安全に関する(SPS協定)、あるいは食品の表示要件に関する(TBT協定)、我が国の制度の変更を求められるような議論は行われていない」と説明した。これは、衆参両院決議との関連を意識したものかもしれない。

実は、安倍政権がTPP参加表明後の13年4月、衆参両院の農林水産委員会がTPP交渉参加に関する決議(衆参同文)をし、特に「残留農薬・食品添加物の基準、遺伝子組換え食品の表示義務(中略)等において、食の安全・安心及び食料の安定生産を損なわないこと」とした。

いずれにせよ、具体的な議論の経過や理由などの説明が一切なく、ただ一刀両断するかのように、「変更は求められていないから安心を」といわれても、素直にはうなずけない。ましてや、内閣審議官から次のような“牽制球”を投げられても、ピンとこない。

「遺伝子組換え食品については、わが国ではこれを表示するということになっている」

「なぜか、TPPに反対される方は常に『アメリカから(表示を)やめてしまえ』と言われるのではないか、と言う」

「これ(TPP)も、WTOの付属書、TBT協定に準拠しており、(中略)日本が遺伝子組換え食品の表示制度をまったく変えるということにはならない」

この言葉を額面通りに受け取れない理由の一つは、日本の交渉参加前のいずれも13年4月12日付「日米協議の合意の概要」【編注7】と「駐米日本大使発書簡」(日本国大使 佐々江賢一郎)、そして「米国通商代表代行発返簡」(米国通商代表代行 デミトリオス・マランティス)の3つに、次のような同じ文章が綴られているからだ。

「日本及び米国は、世界貿易機関(WTO)の衛生植物検疫措置の適用に関する協定(SPS協定)に基づいて並行二国間交渉の中で衛生植物検疫措置に関する事項について共に取り組む」
 
米国の意思

もう一つ気になるのが、TPP交渉加速のためにオバマ米大統領が求めているTPA(大統領貿易促進権限)法案をめぐる動きだ。米上院では5月半ばにいったん否決されたが、5月22日に一転して賛成多数で可決され、下院での採決が注目される。米国では議会が貿易交渉について強い権限を持つが、TPA法は大統領にその権限を与える。ただし、TPA法に貿易交渉の目的を詳細に書き、大統領にそれを実行させる仕掛けだ。

問題は、今回の貿易交渉の目的の一つとして、遺伝子組換え表示の撤廃が示されている点だ。

実は、昨年2月の参議院予算委員会【編注8】で、農業関連では内容が今回の法案と同じと言われるTPA法案について、紙智子議員(共産党)が質問した。

「バイオテクノロジー、すなわち遺伝子組換え技術に影響を与えるような表示や制限義務を撤廃するとしている」

これに対し、安倍晋三首相は遺伝子組換え表示には一切触れず、次のように明確な回答を避けた。

「基本的には、今この中身そのものではなく、TPAについて国会議員からこの法案が提出された(米国では議案を出すのは政府ではなく議員)、(中略)米国政府がしっかりとこのTPP交渉について権限を持って進めていきたいという意欲の表れではないか」

さらに、もう一つ気になるのは、TPP交渉参加前に外務省が「慎重な検討を要する可能性がある主な点」としてまとめた文書だ【編注9】。「TBT(貿易の技術的障害)」の項目に、こう書いてある。

「仮に個別分野別に規則が設けられる場合、例えば遺伝子組換え作物の表示などの分野で我が国にとって問題が生じる可能性がある」

注目される裁判所の判断

折しも、「TPP交渉に関する説明会」が開かれた5月15日、山田正彦氏(民主党政権時の農林水産大臣)と岩月浩二弁護士の2人が、国を相手に「TPP交渉差止・違憲確認等請求」のために東京地方裁判所へ提訴した。訴状は「TPPは、国民の生命や自由を侵害する恐れが極めて高く、日本国憲法の基本的人権に関する諸規定に違反します」としている。さらに、こう指摘する。

「TPP交渉は、異例の秘密保持義務を課した交渉であり、極端な秘密交渉となっています。国民生活に深刻で重大な影響を及ぼす条約であるにもかかわらず、国民も国会議員もその内容を知ることができません。(中略)憲法の規定(憲法73条3号。内閣の職務=条約を締結すること。但し、事前に、時宜によっては事後に、国会の承認を経ることを必要とする)に違反します」

また、遺伝子組換えについては、こう指摘している。

「米国は、この遺伝子組換え食品の表示が、米国産の遺伝子組換え作物の輸出を妨げているとして、強く異議を唱えています。(中略)TBTルールの厳格な適用によって、廃止される可能性が少なくありません」

果たしてTPP交渉も違憲なのか。そして、遺伝子組換え食品の表示問題はどうなるのか。国民の生命と安全にとって重要な問題が、大きな岐路に立たされている。
 
(文=石堂徹生/農業・食品ジャーナリスト)
 
【編注1】
山田正彦議員と岩月浩二弁護士が、国を相手にした提訴時の訴状(TPP交渉差止・違憲確認等請求事件。5月15日。P65)より。交渉参加国・ニュージーランドの主席交渉官が市民からの情報開示の要求に応じて、回答した(11年11月29日)。
 
「交渉草案、各国政府の提案、添付説明資料、交渉の内容に関するEメール及び交渉の文献の中で交換されたその他の情報(交渉過程文書)は、TPPが効力を生じた後4年間もしくは交渉の最終ラウンドが行われた後4年間は、秘密にすることを交渉参加国は合意している」
 
「これらの文書は政府高官と政府の決定に参加する者、これらの文書を評価し文書に含まれる情報についてアドバイスする必要がある者だけに提供される」
 
【編注2】
内閣官房TPP政府対策本部「TPP交渉に関する説明会資料」(15年5月15日)。21分野=(1)物品市場アクセス、(2)原産地規則、(3)税関当局及び貿易円滑化、(4)SPS(衛生植物検疫)、(5)TBT(貿易の技術的障害)、(6)貿易救済、(7)政府調達、(8)知的財産、(9)競争政策・国有企業、(10)越境サービス、(11)ビジネス関係者の一時的な入国、(12)金融サービス、(13)電気通信サービス、(14)電子商取引、(15)投資、(16)環境、(17)労働、(18)法的・制度的事項、(19)紛争解決、(20)協力・キャパシティビルディング、(21)分野横断的事項
 
【編注3】岩田伸人『WTOと予防原則』(農林統計協会、04年)
 
【編注4】農林水産省消費・安全局国際基準課「SPS協定」
 
【編注5】川端章義「WTO/TBT協定とその意義・活用について」(12年1月25日、経済産業省産業技術環境局基準認証政策課)
 
【編注6】「TPP協定交渉の分野別状況」(12年3月。内閣官房、内閣府、公正取引委員会、金融庁のほか、総務、法務、外務、財務、文部科学、農林水産、経済産業、国土交通、環境各省)
 
【編注7】内閣官房TPP政府対策本部「TPP協定交渉に係る意見提出等のための業界団体等への説明会資料」(13年6月14日)
 
【編注8】第186回国会参議院予算委員会会議録第四号(15年2月7日)
 
【編注9】外務省「TPPにおいて慎重な検討を要する可能性がある主な点」(11年11月)

参照元 : ビジネスジャーナル



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