歴史の教科書が「習った内容と違う」 そもそも聖徳太子は存在しなかった!?

2016.07.19

最近の教科書を見ると、習った内容と違う!という箇所がチラホラ。多摩大学客員教授の河合敦氏に話を聞いた。

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「有名なのが、源頼朝や足利尊氏の肖像画。『伝・源頼朝像』というあいまいな表記になり、約10年前に日本史の教科書から消えました。頼朝とされていた肖像画は、所蔵する京都の神護寺の伝承で頼朝といわれていたもの。しかしある美術史家が、目や耳などのパーツの描き方がずっと後の室町時代に流行したものと主張。ちょうど足利直義が、兄の尊氏と自分の肖像画を神護寺に収めたという文書があり、描き方も直義の時代と合致することから、この肖像画は直義というのが定説になってきています」

あの一万円札の聖徳太子もそもそも存在しなかったという説も。

「当時皇太子という制度はなく、また、二十歳そこそこの青年が十七条憲法を作ったり遣隋使を派遣したりできたのか、摂政という制度の存在も疑問です。聖徳太子の記載があった『日本書紀』を作らせたのが、蘇我氏を滅ぼした中臣鎌足の息子・藤原不比等。『日本書紀』自体が、蘇我氏の業績を消すためにねつ造された可能性があり、蘇我馬子の業績を聖徳太子に移したのでは、と考える学者もいます」

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一万円札の聖徳太子

ほかにも、教科書の記載が変わる理由がある。鎌倉幕府成立の年号は、1192年ではなく1185年説が浮上している。

「源頼朝が征夷大将軍に任命されたのが1192年。でも頼朝が平氏を滅ぼし、全国に守護・地頭を置いた1185年が武家政権としての幕府の成立とする説が近年は有力です。私が大学のときには、1221年、幕府が朝廷を圧倒した承久の乱が鎌倉幕府の成立と教える先生もいました。いろんな説を唱える学者がいるため、確定できないんです。教科書では、多くの学者が認めているものが採用されます」

後になって付けられた言葉が誤解を生んだ例もある。江戸時代前期には鎖国という言葉はなかった。

「これは志筑忠雄という学者が1801年にケンペルというドイツ人の本を翻訳する際に、海外に国民を出さない政策をあらわすために創った言葉。こうした政策は東アジア全体で行われており、世界史では海禁制度と呼ばれています」

外交や貿易を完全に閉ざしたわけではないし、言葉自体が当時なかったことから、学者たちはこの言い方をやめるべきと批判。教科書は“いわゆる鎖国”などとあいまいに表記されるようになった。

がっつり変わったのが原始時代。

「旧石器ねつ造事件のあと、教科書からは明石原人や三ケ日人などの原人・旧人がすべて消えました。今は分析機器が発達し、弥生時代が500年早まる可能性も浮上。ただ、その分析機器が正確かどうかも微妙で、まだ論争中です」

【河合 敦氏】
多摩大学客員教授。歴史作家・歴史研究家として200冊弱の著書がある。大学での講義のほか、全国で講演も。『世界一受けたい授業』などにも出演。難しい歴史をわかりやすく伝える解説力に定評がある

参照元 : 日刊SPA


聖徳太子とイエスキリストの謎

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イエスは馬小屋で生まれたが、聖徳太子も馬小屋で生まれている。イエスは大工の息子として生まれて家業を手伝っていたが、聖徳太子は日本の建築の祖といわれている。つまり、イエス・キリスト(絶対神ヤハウェ)がフリーメーソンの始祖であるのに対して、聖徳太子は日本のフリーメーソンの始祖なのだ。

イエスは様々な奇跡を行なった預言者だったが、聖徳太子も様々な超能力を発揮し、壮大な預言書を遺している。イエスはダビデの血を引くユダヤの王だが、聖徳太子は摂政として天皇代理を務めた。イエスは槍で処刑されたが、聖徳太子も暗殺されたという伝説があり、共に他殺で死んでいる。

イエスを「聖」という漢字で表現するが、聖徳太子の名はイエスを意味する「聖」を冠している。聖徳太子は謎に包まれた人物で、「聖徳太子は実在しなかった」という説や、「イエス・キリスト伝説が聖徳太子という架空の人物を生み出した」という説があるが、どうせ言うなら、聖徳太子の正体は、古代日本に再臨した「イエス・キリスト」だった可能性すらある。

裏の日本(アルザル)を統治する天皇(イエス)が、表の日本(我々の住む日本)の天皇制を確立する為に、表の天皇の代理人として一時的に再臨し、再びアルザルに帰って姿を消したことが、暗殺伝説となったとも言える。

それは空想だとしても、聖徳太子が実在した事は疑う余地がない。少なくとも、モデルとなった人物がいた。

「秦河勝」である。

彼は秦氏の族長で、聖徳太子の影武者的な存在として活躍したと言われている。この秦河勝こそが、聖徳太子の正体だと私は睨んでいる。通説では、秦氏は景教徒だとされているが、飛鳥昭雄氏によると「原始キリスト教徒」の子孫だという。

私はその説を支持するが、聖徳太子が仏教を広めたのは何故だろう。神社神道を成立したのは秦氏である。

「神社神道=原始キリスト教」をカモフラージュする為だったのだろうか。

だが、もし「聖徳太子=イエス」で、聖徳太子が仏教を広めたとしても不思議なことではない。仏教とキリスト教は宗教としては別物だが、釈迦はイスラエルのガド族の末裔で、『旧約聖書』の預言者の系譜に属するからだ。

更に言えば、シャンバラ伝説では、シャンバラ王「カルキ」が釈迦の教えを聞いて感動し、シャンバラに持ち帰って広めたとされている。カルキはシャンバラ王、即ち「アルザルの天皇陛下=イエス・キリストの預言者」である。

しかし、釈迦の時代にイエスは生まれていなかった。という事は、カルキとは、釈迦の時代にアルザルを治めていた王(ヤハウェの預言者)ということになる。従って、カルキも絶対神ヤハウェの受肉であり、カッバーラ的に「イエス・キリスト」と同一存在となる。

イエスは「私はアルファでありオメガである」と語っているが、それはイエスが絶対神ヤハウェの受肉だからである。従って、ナザレのイエスを含めて、ヤハウェの受肉は全て「キリスト」であり、歴代のシャンバラ王は全てフリーメーソンのグランドマスター「キリスト」ということができる。

更に、『旧約聖書』の預言者たちも全て「キリスト」であり、釈迦も「キリスト」だと考えて良い。その意味では、聖徳太子も「キリスト」となる。であれば、聖徳太子が神道に仏教を導入したのも不思議ではない。

だが、真相は恐らくこうだ。仏教にはユダヤ教の奥義が秘められていた。何故なら、大陸経由の大乗仏教には、ユダヤ人が一枚絡んでいるからだ。また、聖徳太子が賞賛した「法華経」には、イエスの使徒トマスの布教の影響が色濃く混入していると言われている。

しかも、当時、秦氏一族も「ヨハネの黙示録」の存在を知らなかったが、「法華経」は「ヨハネの黙示録」と一致する予言書となっている。そして仏教には、ユダヤ教や原始キリスト教にはない哲学的・道徳的な要素が含まれている。

そう考えると、聖徳太子が仏教を盛んに激賞した理由も納得できる。日本の最高紙幣である旧壱萬圓札には、長らく聖徳太子が描かれていた。

何故、聖徳太子なのか。

実際、聖徳太子は秦氏の実権を握っていた人物であり、イエスの末裔である。その秦氏一族に、絶対神ヤハウェの受肉が起きて生まれたのが、聖徳太子であろう。事実、聖徳太子も火星・木星・土星のトリプル・コンジャンクションの時期に生まれているのだ。

3次元的には別人だが、霊的に「聖徳太子=イエス・キリスト』であるなら、「聖徳太子=天照大神」ということになり、聖徳太子を皇祖神と同一視できる。

そもそも飛鳥説では、「天皇」自体が「イエス・キリスト」を表す文字だという。「天」は古来より「工・人」と書くが、工人は大工を意味し、「天皇」は「大工の白い王」という意味になる。

イエスは自らを「世の光」だと語っており、白は光の色を表す。つまり、「天皇=大工の白い王」とは「イエス・キリスト」を意味し、天皇陛下は「イエス・キリストの預言者」ということになる。

また、イエスが復活した時、「我は蘇り」と語ったが、聖徳太子と共に物部守屋を滅ぼした「蘇我馬子」も、「我は蘇った馬小屋の子=イエス・キリスト」という意味を持つ。そして「守屋」は、イエスが磔刑にされた「ゴルゴタの丘」の旧名「モリヤ」と同じ名前なのだ。

更に、秦氏が根付いた京都の太秦(うずまさ)の語源は、イエス・キリストのアラム語「イシュ・メシャ」で、インド北部で「ユズ・マサ」に転訛し、日本で「ウズマサ」と呼ばれるようになったらしい。

つまり、秦氏は自ら「イエス・キリスト」を名乗っている事になる。秦氏の中から「再臨のイエス・キリスト」が現れるのだろうか……。それとも、秦氏は「イエス・キリスト」を名乗って人々を惑わす「反キリスト」なのだろうか……。

いずれにしても、「イエス・キリストの再臨」の鍵を握る重要な一族である事は間違いない。

余談だが、今の壱萬圓札のモデルが福沢諭吉なのは何故だろうか。現在、日銀はユダヤ資本に牛耳られている。つまり、何らかの意図の下に、福沢諭吉が選ばれたのだろう。

福沢諭吉が近代フリーメーソンの結社員だったことは有名だが、勝手な推理をすると…… 福沢諭吉といえば『学問のススメ』である。偏見的な見方をすれば、通常の学問は左脳教育であり、学問を奨めることで左脳偏重となり、崇高な日本精神を発動する右脳の働きがセーブされる。

諭吉は刀を捨て、ちょんまげを切り、慶応義塾を創設した。武士は武士道という崇高な大和魂・日本神道に通じるが、シークレット・ガバメントが最も恐れているのが、日本人の大和魂である。

その為、特に戦後から、日本人の骨抜き政策が徹底的に行われてきた。その政策の一環が「教育」であり、学歴社会のなれの果てが現在の日本である。そして、諭吉は英語の重要性を知り、英語を教えた。

別に英語が悪いというのではないが、英語を広めることでアメリカ主導の風潮が生まれ、日本をアメリカの属国にしようという計画に合致する。そして、「自由」「平等」の思想を、初めて日本に紹介したのも福沢諭吉である。

「自由」「平等」はフリーメーソンの素晴らしいスローガンだが、捉え方をはき違えた「自由」と「平等」の思想が、アメリカや日本を堕落させてきたのは事実である。福沢諭吉が悪人や陰謀家というつもりは毛頭ないが、日本を支配しようとする勢力にとって、福沢諭吉は壱萬圓札のモデルに相応しかったのではないだろうか。

通説では、壱萬圓札のモデルが福沢諭吉に変わったのは保守勢力の巻き返しがあった為で、それ故、バブルが崩壊したとされている。日銀もユダヤ資本の支配下にあり、『日銀券は悪魔の騙し絵(武田了円)第一企画出版』という本が面白い。

ちなみに、日本の通貨である1円、5円、10円、50円、100円、500円を合計すると『666円』となり、ユダヤ財閥が聖なるす数字として崇める『獣の数字』となっている。また、坂本龍馬は長崎の貿易商のトーマス・グラバー(フリーメーソン)と提携し、福沢諭吉の勧めでフリーメーソンに入会したが、メーソンの日本侵略に気付き、大政奉還によって日本を救ったという。

そして、グラバーに離脱を表明して暗殺されたのだ。日本のメシアであり、暗殺された坂本龍馬も「イエス・キリスト」的な人生を辿ったと言えるだろう。

少しこじつけだが、龍馬とは文字通り「龍」と「馬」だが、聖書で龍は年老いた「蛇」で、蛇は「イエス・キリスト」を象徴し、「馬」も馬小屋で生まれた「イエス・キリスト」を暗示している。

参照元 : 神仙組機撻魯襯泪殴疋麒圈杆と闇の黙示録


【やりすぎ都市伝説 2013 春】
主題:間違いだらけの日本史
語り:秋山竜次(ロバート)