クリスマスの正体

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クリスマスがキリスト教以前の風習をそこはかとなく残していることは、話には聞いていたし、ずっと以前から何とはなしに感じてもいた。しかし、それが実際どういうものかは知りませんでした。

今年になって別件を調べているうちに、クリスマスが本来もっていた、禍々しいパワーの一端を垣間見ることになったのです。

トナカイさんを笑うな

「♪赤いお鼻の、トナカイさんは〜、いつもみんなの笑いもの〜」

しかし私にはもはや、トナカイさんを笑うのは、恐すぎてできない。

ジョン・カーペンター監督の名作「ゼイリブ」で、サングラスをかけると世界の本当の姿が見えるように、霊的な視力を獲得すれば、サンタを導くトナカイは、こんな姿をしているはず。



彼らはKrampusと呼ばれ、クリスマスから始まる十二夜を徘徊する悪鬼。

サンタクロースが連れてくるもの
しかし、サンタクロースが連れてくるものは、クランプスだけではない。さらに不気味な輩をご紹介してみるのです。ふだんは見えないだけで、サンタさんはいつもこいつらを連れ歩いていますから。



彼らの名はひとつにはButtnmandl。ブット君と呼んでおく。ブット君は手に棒を持っていて、これで悪い子供を叩く。だが、本来は未婚女性を叩く棒であったらしく、ブット君になれるのは未婚男性のみであり、棒は勃起したおちんちんを象徴しています。都条例違反。

オーディンとキリスト – 神は自らに自らを捧ぐるもの
冬至に祭りをおこなって、弱った太陽を再生させる。人類にとってはおなじみの風習であり、キリスト生誕の伝説は、ローマのサテュロス祭やゲルマンの冬至祭などと結びついて、クリスマスが出来上がっていく…とは、ものの本にあるものの、上の映像を見ると、そのインパクトはもっと根源的なものといえそう。

クランプスやブット君は、東北のなまはげや、沖縄のアカマタクロマタにそっくりだし、そもそもお正月の歳神がサンタクロースと通い合うもののはず。

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ワラの着ぐるみが仮面と相まって、なんとも不気味なのですが、同じワラでしめ縄を作れば、これが護符として機能する。この習慣も日本とヨーロッパで共通に見られるものです。(写真は「イギリス・ウェールズ地方のしめ縄」@日本玩具博物館)

蘇民将来の神・牛頭天王や節分の鬼も、この群に属しているはずで、角が生えた悪鬼が禍福をともにもたらす年神。疫病神としては祓われ、あるいは逆にもてなされることで蘇民将来の子孫に福をもたらす。クリスマスツリーは本来、2月2日の聖職祭に片付けるものであったことをふと思い合わせます。

ゲルマンの冬至祭ではツリーに生贄を吊るした。

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9日間の苦悶の末にクリスマスに死ぬのは、じつは大神オーディン自身。オーディンは、世界樹ユグドラシルに自らを自らの生贄として吊るしたのです。この摩訶不思議な自己反復的生贄は、じつはイエス・キリストの十字架の原理そのもの。ゲルマンがキリストをどのように理解したかに思いを馳せてみることは、クリスマスの神秘の奥義へのいざないとなるはず。

古代バビロニアでは、マルドゥク神は、夜の化身である獣と戦い、その顎を裂いて、獣の体内から自分自身を取り出した。自己反復。ゲルマン神話で、太陽を呑みこんで走る夜の獣は狼であり、その口を裂いて、太陽が取り出されることが夜明けと考えられた。地平線から陽が昇るさまを、「夜の顎を裂く」と詩的に表現したのです。

世界最終戦争ラグナロクで、オーディンはフェンリル狼に食われ、その顎をオーディンの子ヴィーザルが裂く。ここではすでに、「自分が自分を」という自己反復が、「子が親を」という親子関係に分解されており、キリストにおける、「神が神を生贄」から「父なる神が神の子を」という分解に対応しています。

この裂け目は重要で、これがおそらくラカンのいう去勢にあたる。他者不在の双数関係は破れ、他我の分解した、言語と法の支配する象徴界が開ける。夜明け。

しかし、夜を引き裂いた傷は残り、オーディンが片目であったり、テュールが片腕であったり、全能であるはずの神の子にロンギヌスの槍が突き立ったり、人類が神経症に悩まされたりするのは、そのため。不完全なるこの世界、欠落の存在理由。母なる夜は、つねにいざなう。

フランクの小箱
クリスマスは、毎年繰り返されるラグナロクであり、神は殺され、神はよみがえる。太陽の運行のみでなく、動植物もそのようにサイクルし、この原理の世界支配は明白でしたが、鍛冶師もまた同じ象徴を用いて、自分の仕事を理解していたのではないかと思うのです。この探りについてはまだ始めたばかりで、切れっ端らしきものをつかんだだけですが、フランクの小箱という宝物があるのです。

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9世紀頃に、クジラの骨にレリーフして作った小箱で、今は大英博物館所蔵。

箱の各面のレリーフは、さまざまな神話伝承がルーン文字による詩とともに、見事に彫り付けられていて、それが、ゲルマン神話、ローマ神話、キリスト伝説が混在するという不可思議なもの。あるいはカレンダーのようなもので、それぞれのレリーフは季節や月を表すのかもしれません。キリスト誕生のレリーフもあって、これが不可解なことに、鍛冶師の祖ウェイランドスミスの伝説と隣り合わせになっている。*1

三人のマギは星に導かれ、馬小屋にたどり着き、キリストの生誕を目撃する。

「小屋で生まれる」というのは、秘密結社の基本的な儀礼で、新参の加入者は、森の中の結社のロッジで、死と再生の儀式を執り行う。小屋が母胎に見立てられているからで、中沢新一「熊から王へ」で詳細に説かれています(エスキモーの結社と縄文土器の蛙の結びつき。土器も母胎である)。

この様子は聖フランチェスコがプレゼピオという人形劇に再現して普及することになりますが、そこでもまるでりかちゃんハウスのように、「小屋」が重要な役割。

ここには何かがあると感じるのですが、まだ追求できていません。なぜフランクの小箱で、ウェイランドスミスと隣り合わせなのかも、そこに答えがあるはず。来年のお楽しみとしておきますね。

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ついでに、玩具博物館で見つけた、不思議なアイテム。
メキシコでは、クリスマスのキャンドル台が「生命の木」に見立てられ、独特の神話再創造が起きています。そこでは樹と蛇はほとんど同一の存在…ユグドラシルとオーディン、十字架とキリストのように…であり、その両側にアダムとイブが配置されているのです。恋人たちは夜のもとに融合し、かりそめの想像界に浸るが、蛇は裂け目として機能し、智慧(言語と法)の夜明けが来る。

Footnotes: *1. 鍛冶師ヴェルンドは、竜を倒し、その血を飲んで、鳥の言葉がわかる。暴虐王によって足の腱を切られ、打ち出した名刀を奪われ、閉じ込められる。王の子供たちをだましうちにして、王子の頭蓋骨から盃を作り、それで王に酌をさせる、という伝承がレリーフになっている。

参照元 : AZ BLOG


西洋版なまはげ!クリスマスの悪魔「クランプスの儀式」とは?

2014年12月8日

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日本人ならなまはげという言葉は一回くらい聞いたことがありますよね?実は日本だけでなく、海外にもなまはげに似た妖怪が存在したんです!特にドイツ・オーストリアの怪物は「クランプス」と呼ばれて、クリスマスの時期に出てくるそうです。なんだか面白そうですね。一緒に「クランプス」の生態を見ていきましょう。

日本のなまはげはこんな感じですよね?

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なまはげは、大晦日に秋田県の男鹿市と三種町、潟上市の一部の各家々で行われる伝統的な民俗行事。

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ナマハゲは大晦日の夜になると「悪い子はいねがー」「泣ぐコはいねがー」と発しながら家々をまわり、悪を諌めるとともに吉をもたらすとされる、日本の民俗行事の一つである。

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東北地方においては幼児に対する教育の手段として理解されている。親は幼児に対し予めなまはげによる強い恐怖体験を記憶させ、そのあと幼児に対し望ましくないとみなされる行為を行った場合、その恐怖体験が再現される可能性を言語的手段によって理解させる。

教育目的があっただなんて知りませんでした。東北の子はたくましく育ちそうですね。

一方ドイツ・オーストリアでは・・・

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え・・・?

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冷静に怖すぎ

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トラウマになりそう

クランプスは、ヨーロッパ中部の伝説の生物であり、主にドイツ東南部のバイエルン州とオーストリア中部・東部とハンガリーとルーマニア北部のトランシルヴァニア地方とスロヴェニアにおいて、クリスマス・シーズンの間に、聖ニコラウスに同行する行事でもある。

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伝統にのっとり、12月の最初の2週間、特に12月5日の晩になると、若者はクランプスの扮装をして、錆びた鎖と鐘を持ち、子供と女性を怯えさせながら通りを練り歩く。

クランプスは、木彫り師の作った仮面に、雄羊の角をつけ、ヤギの毛皮からできたズボンにコートをまとい、腰にはカウベルを下げ、騒々しく闊歩します。

やっぱヨーロッパは違うなと感じました。なんだか日本のなまはげが可愛くみえてきてしまいます。



役割はなまはげと一緒なんです!

ドイツの古い伝承では、サンタは双子の設定で、一人が良い子にプレゼントを配り、もう一人は黒と茶色の衣装を着て、悪い子におしおきしてまわるという。

サンタクロース

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実は双子の片割れなんです。

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子供の顔が切ないです。

なまはげとの共通点として、子供におしおきをするということです。ドイツ・オーストラリアのクリスマスは楽しいだけじゃないんですね。

グリーンランド国際サンタクロース協会という組織があり、公認サンタクロースが120名近くいるらしいのだ。

ということはこの世にはクランプスが120名近くいるんですか。そう考えると怖すぎます。

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いかがでしたでしょうか。ヨーロッパのクオリティの高さはすごいものがありましたね。クリスマスが悪夢に変わってしまう可能性もあるんですね・・・。

参照元 : RETRIP


クリスマスは悪魔の祭典。キリスト教と全く関係のないイベントであり、キリスト教を利用し、大衆を洗脳して悪魔の儀式をやらせているのです。大衆は何も知らずに悪魔を受け入れる儀式に加担している。

12月25日(クリスマス)は、イエス・キリストの誕生日ではない。そんなことは聖書のどこにも書かれていません。

事実を述べると、

神話では、太陽が力を奪還し、夜を支配し始める時期に当たる。冬至の時期は一年で夜の時間が最も長い。一方の日照時間は一年で最も短い。

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だから神話的な戦いが行われる。

「太陽」 対 「夜」

冬至の時期に、太陽は最も低い位置から徐々に高くなり、最高点を迎える夏まで徐々に高くなっていく。

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当時の異教徒たちはこの現象を太陽が夜から力を奪還する象徴として捉えた。それを元に神も生まれた。

▼例えば、古代エジプトの神「ホルス」は冬至である12月25日に生まれた。

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古代ギリシャの神「ヘリオス」、同じく冬至の12月25日に生まれた。

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グレコローマンの神「アポロ」、同じく12月25日生まれ。

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ヒンズー教の神「ミトラ」、同じく12月25日に生まれた。

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▼そして、悪魔中の悪魔、二ムロドの化身である「バアル」だ。

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バアルは二ムロドの死後、母、セミラミスに神格化され太陽神になったと宣言する。バアルも12月25日生まれだ。

学者たちも知っている。エリートたちも知っている。12月25日は元々、異教徒に利用され、悪魔にエネルギーを注ぐ日であった事を。昔からだ。

▼詳しくはこちらの動画をどうぞ。






サタンの礼拝組織であるイルミナティは、昔から祝祭日を改ざんしてきました。

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そうして異教徒の祭典を維持し、大衆は無知のまま彼らの伝統であるオカルト儀式に参加させられているのです。クリスマスとは異教徒が祝う悪魔の祭典であり、キリスト教の仮面を被っているだけなのです。

▼こちらの動画では、サンタクロースの正体であるサタンクロースについて説明しています。




サンタクロースは本来、赤い服ではなかった?

真っ赤な服に、白いヒゲ。こう言えば、誰もがサンタクロースを連想するでしょう。しかし、実はこれは大きな間違い。実は、サンタクロースは当初、赤い服など着ていなかったのです。元々の服の色は、はっきり言って決まっていなかったという説。

サンタクロースのモデルになった聖ニコラウス、と言う司教さんがいるのですが、彼が普段どんな衣服を着ていたかは、全く記録に残っていないのです。そのため、服の色は人や場所によってまちまち。更には、ヒゲのないサンタクロースまでいました。

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では、何故赤い服になったのでしょうか?

突然ですが、コカ・コーラという会社は知っていますよね?そう、コーラで有名な会社です。実は、あの赤い服が定番となったのは、1931年のこと。コカ・コーラが、クリスマス向けのコマーシャルポスターで、サンタにコーラを飲ませることにしました。

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その時、コカ・コーラのイメージカラーである赤い服を、サンタに着せたのです。このポスターが評判を呼び、以後、サンタの服と言えば赤が定番となったと言われています。

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サンタクロースの衣装が赤である本当の理由

サンタさんの衣装が赤いのはコカコーラの広告で、赤を着用した事がきっかけで世界の常識として定着したのだと聞いたことがあり、「なるほど!」と信じていましたが・・・実は・・・。

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これは、まことしやかに伝えられていますが、実は違うようなんです。世界中に広がったという捉え方であればある意味正解なのですが、起源は?となるとどうやら誤りと言う事になります。

以下、知恵袋「dsmqmさん」ご回答より引用

『サンタクロースのイメージは1931年にコカ・コーラ社が自社のコーポレートカラーである赤と白に合ったサンタクロースを宣伝キャラクターとして起用、画家のハッドン・サンドブロムに依頼して描かせたことで世界中に広まった』とされ、多くのメディアによってこの逸話が紹介されてきました。

しかし、コカコーラ社が宣伝に起用した1931年より17年も前の大正3年(1914年)には、既に日本の書籍である『子供之友』に於いて、赤い帽子に白い髭、白い縁取りのある赤い服を着た、現代とまったく違いのないサンタクロースの姿が鮮明に描かれていました。

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また、この時代の日本で作られていた輸出用(当時、日本は世界一のクリスマス用品生産国であった)のサンタクロース人形もこの姿であり、「コカコーラ社を起源とする逸話」は、完全な間違いであります(出典:『クリスマス〜どうやって日本に定着したか』角川書店)。

サンタクロースの赤い服はもともとカトリック教会の祭服の色に由来すると言われ(聖人『=殉教者』のための祝日には赤い司祭服を着用することになっている)、昔から画家たちもそう描いてきました。

と言う事で、コカコーラ説よりもはるか前にサンタクロースは赤を着ていたことが明らかな訳です。

以下は、『サンタクロースの服が赤い訳』より引用

こちらも是非お読みください。的確ですので大変参考になります

アメリカは南北戦争(1861〜1865)を経て、飛躍的な経済成長を遂げます。この時代に活躍した画家に、トーマス・ナスト(1840〜1902)がおりました。ナストは政治イラストレイターとして活躍する傍ら、サンタクロースの絵を描くという別の顔も持っていました。

ナストのサンタクロースは、1863年に「ハーバーズ・イラストレイテッド・マガジン」誌上に登場し、その後さまざまな雑誌に掲載されて、最終的には「トーマス・ナストのクリスマス絵画集(1890)」として、編集出版されました。そして、これ以降サンタクロースは一気に知名度を高め、雑誌広告やデパートの売り場で活躍を始めることになります。

では、ナストが描いたサンタクロースとは、どのようなものだったのでしょうか?

ナストのサンタクロースは、全身を毛皮服で包んでいます。もともと、1822年にニューヨークに住む神学者クレメント・クラーク・ムーア(1779〜1863)が、自分の子供たちのために詠んだ詩の「聖ニコラスの訪問」の中でも、サンタは毛皮の服を着ていたのです。そして、ナストのサンタクロースが着ている毛皮服には、注目すべき特徴があります。現代のサンタクロースのガウンが赤いのと同様に、ナストの毛皮服も赤っぽいという点です。

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ところで、『赤』で定着するまでは、サンタクロースは一体どのような姿だったのでしょう?

※以下も、同様に上記サイトより転写です。(あまりの完成度の高さにそのまま転写させていただきました。作者様に敬意を表します)

以下は、様々な色のコスチュームをまとったサンタクロースのポストカードです。

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 ΑΑη鬚良に、赤いガウンをまとい、手には子供たちへのプレゼントを持っています。でも、ちょっとスマート過ぎますね。足元は、どうも短靴のように見えます。

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◆ΑΑκえているツリーでよく分かりませんが、縁に毛皮のボアをあしらった、青のコスチュームですね。

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・・・毛皮で縁取りされた、青のコスチューム。ブーツを履いているのはいいのですが、プレゼントがカゴに入っているというのは・・・、ちょっと幻滅? なんだか、「小人のおじいさん」のようにも、見えますね。

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ぁΑΑ紫のコスチュームが、ちょっとカッコ良いかな?プレゼントが、ラッピングされているところが、見ようによっては、買い物帰りのおじいさんに、見えなくも無いですね。

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ァΑΑΔ海舛蕕蓮¬喩蕕脳紊ら下までコーディネート?左手にバスケットを持っていますが、ちゃんとプレゼントを入れる袋を、肩にかついでいますね。破れて中身が見えているのは、ご愛嬌でしょうか?

1800年代から、1900年代初頭にかけてのクリスマスカードは、サンタ情報の宝庫です。ここにも5枚を、ご紹介しましたが、私たちの知っているサンタとは、かなり違っているのではないでしょうか?

この様に、現在の赤に定着する以前は、各国、各地域によって様々なサンタ像が存在したようです。しかしその後、先述のようにナストのイラストによって『赤い衣装のサンタクロース』が定着しました。

さて、サンタクロースのモデルとなった聖ニコラスについてですが、どのような人物だったのでしょうか?現在のトルコに実在した聖ニコラスと呼ばれる司祭です。彼は、生活が苦しい人々や恵まれない子どもたちに自分の財産を投げうって、施しをしていました。そして、その死後に聖人の名を与えられる事になります。

また、様々な伝承も残っています。貧しい教区の貧しい娘に密かに持参金を恵んだという伝承から始まり、子供を誘拐し商品にする肉屋に赴き、7年間塩漬けにされていた7人の子供を助け出し、復活させたという伝承から『子供の守護聖人』という形でも崇められています。

また、教区内の貧しい家族が、貧しさ故に娘を売りに出す決意をしたその晩に、それを助けようと聖ニコラスが煙突から銀貨を投げ入れました。煙突の下の暖炉では、雪で濡れた靴下を乾かしていて、その靴下の中に銀貨が入り込みました。家族はこれで救われたのでした。そしてこの伝承こそが、クリスマスには靴下を吊るしてサンタクロースを待ち焦がれるという現代のスタイルへと引き継がれている訳です。

そして、オランダでは聖ニコラスを「ジンタクロース」と呼び、いつしかこれが訛って「サンタクロース」になったという謂れがあります。この聖ニコラスが赤い司祭服を着ていた事がどうやら起源なのでしょうね。

また、こんな記述も見つけました。「黒いサンタクロース」についてです。都市伝説の域ではありますが、非常に説得力のある論述ですので引用致します。

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『当時は聖職者は「神聖」「高貴」「神」の色である「白色」を着ていました。つまり「白いサンタ」だったわけです。 これがキリスト教拡大の過程で中東では問題となりました。中東では「白色」は神の色であると同時に「畏れ多い色」「畏怖の対象」であったために聖職者は黒い服を着用するようになりました。同時にヨーロッパでは、「白色」は皇帝の色であるために権力に迎合しだしたキリスト教が遠慮して黒い服を着るようになります。

その後キリスト教の影響を受けて発生したイスラム教では聖職者の色は黒。「喜捨」の風習とも融合して「サンタ伝説」は瞬く間に広がり、貧しい人に施しを授ける黒服の聖人として一般化します。これが黒いサンタの誕生です。

イスラムにおける「喜捨」とは、つまり経済的に余裕のある人が貧しい人にお金又は物を与えるのは当然の行為であるという考えの事です。 その後スペインの「レコンキスタ」が完成し、イスラム教徒が追い払われると黒服の聖人の風習も廃れます。 レコンキスタ(スペイン語:Reconquista)は、718年から1492年までに行われたキリスト教国によるイベリア半島の再征服活動の総称の事です。 レコンキスタはスペイン語で「(国土の)回復」を意味し日本語においては、直訳で再征服運動、意訳では元来のニュアンスである国土回復運動とされています。

しかし16世紀になり反イスラムの感情が薄れてくると、年に一度プレゼントを交換し会う擬似的な喜捨が復活。時を同じくしてルターの宗教改革により教会にも「喜捨」の風習が復活。このとき教会は赤地に白の十字架を染め抜いた旗(サンタ・クルス)を掲げ赤い服を着て家々を回ったそうです。

なぜに赤色?と思われるかもしれませんが、この当時レコンキスタを完成させたスペイン王室の旗が赤地に黄色の紋章。このことから赤色は「正義の色」として認知されるようになったのです。

やがて「赤い服の喜捨」(サンタ・クルス)とセント・ニコラス(サンタ・ニクルス)が融合してサンタクロースの直接の語源となります。』

最後に余談ですが、常夏の島や南半球でのサンタクロースの衣装はどうなんでしょう?

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イメージ写真等で例えば、アロハを着たサンタやサーフィンをしているサンタなどみた事があります。それが浸透している姿かと思えば、どうやら間違いのようです。広告宣伝でそういう素材が使われる事はあるようですが、基本的には変わりなくあの衣装なのだそうです。

普通に北半球からやってきたからあの衣装なんだと言う事で当たり前に考えられれいるようです。子供たちも何の疑問も持っていないとの事。

ただし、子供たちに大人気のサンタは子供たちと触れ合う時、「Ho,Ho,Ho・・・」と笑いながらも、汗だくだそうです。真夏ですから・・・。

アロハサンタやサーフィンサンタが当たり前なのだと我々は勝手な思い込みをしていたようで、これは未だに日本では『チョンマゲのお侍さん』が腰に刀を差して日本橋辺りを闊歩していると思われている事と同じレベルの解釈なのでしょうね。

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因みに、このオーストラリアの真夏のサンタさん。少年の肩越しにコカ・コーラが見えて居ります事に、筆者による何ら策略はございません。

さらに余談です。皆さん、サンタクロースの故郷は『フィンランド』だって聞いた事がありませんか?でも、モデルはトルコの司祭である事が判りました。ではなぜ?

1920年代、アメリカに伝わったサンタクロースの言い伝えでは、その故郷が北極であるとされました。そして北極にほど近いフィンランドでは1880年頃に言い伝えが広がり、その故郷はフィンランドのラップランドであると考えられる様になりました。

その後1927年、フィンランド国営放送局はロシア国境近いラップランド東部にあるコルヴァトゥントゥリ(その形から耳の山と呼ばれている)をサンタクロースの正式な住居に定めた様なんです。

言わば、勝手に決めてしまったと言う事。それに伴い、1961年、フィンランド郵政省はサンタクロースの住所を "Mr.Santa Claus Joulupukin Konttori Napapiiri,96930 Rovaniemi,Finland" と定めました。形としては、勝手に決めていますが、世界中の誰もが想像を膨らませワクワクしながら認めているのですから、これはこれで夢があって楽しい事なのでしょう。

(以下略)

参照元 : サンタクロースの衣装が赤である本当の理由・知恵袋