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キリスト教

エジプト中部でキリスト教の一派・コプト教の信者を乗せた車列が武装グループに襲撃され、29人死亡

エジプトで武装グループがコプト教徒襲撃、29人死亡

2017/5/27(土) 14:00配信

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エジプト中部で26日、キリスト教の一派・コプト教の信者を乗せた車列が武装グループに襲撃され、これまでに少なくとも29人が死亡しました。

ロイター通信などによりますと、エジプト中部のミニア県で26日、キリスト教の一派=コプト教の信者を乗せたバスなどが突然、覆面をかぶった武装グループに制止されたうえ銃撃されました。信者らは礼拝のため修道院に向かう途中だったといい、これまでに少なくとも29人が死亡し、2歳の子どもを含む24人が負傷しました。

現地の保健相が目撃者の話として明らかにしたところによりますと、武装グループは10人ほどの集団で、軍服姿だったということです。これまでのところ犯行声明は出ていません。

今回の襲撃を受けて、エジプトのシシ大統領は「テロリストを訓練しているキャンプ」に対する空爆を命じたことを明らかにしました。ロイター通信は、エジプト軍関係者の話として空軍がリビア東部で6度の爆撃を行ったと伝えています。

エジプトではコプト教徒に対するテロが相次いでいて、先月にはアレクサンドリアなど2つの都市でコプト教の教会を狙った自爆テロがあり、40人以上が死亡しています。

参照元 : TBSニュース





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Egypt launches air strikes over Libya in response to Coptic Christian attack

The Egyptian military has carried out air strikes on alleged militant camps in Libya, in retaliation for a deadly attack on a group of Coptic Christians.

Cairo says the gunmen who killed at least 29 and wounded 24 in Minya, central Egypt, were trained at the sites targeted.

East Libyan forces said they helped with the air assault and claimed this would be followed by a ground offensive.

President Abdel Fattah al-Sisi added:

“The countries that support terrorism and provide it with money and weapons and training should be punished. They should be punished. No reconciliation with them.”

Police checkpoints and patrols were set up around the site of the attack in Minya province. According to eyewitnesses, three vehicles were hit on the road to the monastery of Saint Samuel the Confessor.

Among those injured were two two-year-old children, according to Egypt’s Health Ministry.

Key figures from Egypt’s Muslim community have condemned the assault.

There was no immediate claim of responsibility for the attack. However, a funeral on Friday turned into an impromptu protest, criticising the authorities for allegedly failing to protect Christians.



はやし浩司「十字架はニビルのシンボルマークだった」

はやし浩司先生の発見 十字架はニビルのシンボルマーク

SATURDAY, JUNE 11, 2016



▼ニビルのシンボルは十字架

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フリーメーソンも、カトリックも、両方とも爬虫類組織であり、人間の子供達を生贄として捧げるという点でも一致しますね。

光の銀河連邦から来た現在のフランシス法王になる前のバチカンは、世界中の修道院の地下で、併設の孤児院から連れてきた人間の子供達の血を絞り、余った人肉で人肉ソーセージを製造していた。

私自身の考えでは、フリーメーソンは主にレプティリアンの血を持つハイブリッド達のためのメンバー制の組織。だから一般の人々は入れない。そのために、一般の人々が入れる別組織を作った。それがカトリック。同様に悪魔を神と仰ぐ悪魔教。バカな人々は、カトリックに入り、知らず知らずのうちに悪魔を信仰していた。

カトリックの真の狙いは、一般の人々を洗脳支配し、神父に個人的な相談をさせ、個人個人のプライバシーを知り、そしてチャンスがあれば、彼等の子供達を誘拐拉致し、人食いエイリアンの居るニビルへの定期便に乗せて送る事だった。

12月25日には、ニビルからの定期便がやって来て、サンタと呼ばれた悪魔が、ツノの生えたクランパスと一緒に家々を回り、良い子にはプレゼントを、悪い子は誘拐拉致していった。その誘拐拉致された子供達は、ニビル行きの定期便に乗せられニビルの人食いエイリアン達に食べられた。

ドイツのハメルーン村では、笛吹き男がやって来て、その村のすべての子供達をさらって行ったという言い伝えがあるが、実際には、親が教会に居る間に、家に残って居た子供達全員が誘拐拉致されたという。

つまりカトリック教の教会自体がレプティリアンの犯罪組織であるという事だ。その村の誘拐拉致された子供達全員は、ニビル行きの定期便に乗せられて、ニビルで食べられてしまったのだろう。

このニビルの十字マーク。カトリックだけでは無い。レプティリアン組織イルミナティの本拠地のシティー・オブ・ロンドンのシンボルにも赤十字がある。

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▼赤十字社のロゴもニビルのマーク。

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赤十字社が人間達から血を集める爬虫類組織である事を考えたら合点がいくだろう。きっとその血をニビルに送っているのだろう。ニビルのレプティリアン達は、子供の新鮮な血が大好きだと言っている。

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この赤十字社のオーナーの天皇家も、ニビルからやって来た爬虫類人レプティリアン達だ。彼等の地位は、ニビルに居るレプティリアン達よりも低いらしい。まあ天皇は、日本における人間家畜牧場のトップ、社長の地位にあたいするだろう。

▼搾り立ての血が入った血酒で乾杯する天皇

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▼米軍も人食いニビル軍

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▼十字軍も人食いニビル軍だった

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▼十字のデザインの国旗は多い。つまりニビル国がたくさんあるという事だ。

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参照元 : 宇宙への旅立ち

本当は恐ろしい「最後の晩餐」 イエス・キリストは弟子たちに食べれた!?

【カニバリズム】キリストは弟子たちに食べられた!? 本当はめちゃくちゃ恐い「最後の晩餐」

2016.05.21

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■本当の「最後の晩餐」とは!?

新約聖書に記述されているイエス・キリストの重要事跡「最後の晩餐」。これはキリスト教会において「主の聖餐」として伝統的儀式となり、現代に至るまで受け継がれている。司祭によって聖化された赤ワインとパンはイエスの血と肉になる。信徒たちは、それを食べることで自らの体にイエスを取り込み、教会と合体するという儀式だ。

ほとんどの読者は、死を予期したイエスは弟子を集めて「最後の晩餐」に臨み、その後、逮捕・磔刑になったと考えているだろう。実際、聖書にもそう書かれている。ところが昨今、驚くべき新説が唱えられていることをご存知だろうか。哲学者のやすいゆたか氏らによると、「イエスは最後の晩餐で本当に弟子たちに食べられてしまった」というのである。

では、現代の新約聖書中の一書『ヨハネによる福音書』に記されている「最後の晩餐」で、イエスが弟子たちに語ったとされる言葉を見てみよう。

「わたしは命のパンである。あなたたちの祖先は荒れ野でマンナ(神が民に与えた愛の食べ物)を食べたが、死んでしまった。しかし、わたしは、天から降ってきた生きたパンである。このパンを食べるならば、その人は永遠に生きる。わたしが与えるパンとは、世を生かすためのわたしの肉のことである」(第6章46節)

「人の子の肉を食べ、その血を飲まなければ、あなたたちの内に命はない。わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、永遠の命を得、わたしはその人を終わりの日に復活させる。わたしの肉はまことの食べ物、わたしの血はまことの飲み物だからである。わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、いつもわたしの内におり、わたしもいつもその内にいる」(第6章53節)

つまり新説では、ここで語られているパンとワインが比喩などではないというのだ。

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■イエスは弟子たちに食べられた!?

キリスト教やユダヤ教において、フェティシズム(呪物崇拝)は禁止されており、それは神を冒涜する行為となる。しかし、キリスト教会における儀式「主の聖餐」では、パンと赤ワインが聖化され、イエスの血肉とみなされる。これは、フェティシズムを排斥しておきながら、パンとワインのフェティシズムを信徒に強制するという、矛盾行為にほかならない。

それにもかかわらず、「主の聖餐」が現代に至るまで延々と続けられている背景には、これがどうしても継承しなければならない重要な儀式であるということ、すなわち「最後の晩餐」において本当に弟子たちはイエスの血肉を食しており、そこに大きなる意義が秘められているのではないかと考えられるのだ。そして弟子たちは、この出来事をたとえ比喩としてでも後世に伝えることを選択した。

つまり、こういうことだ。捕らえられ、処刑されることを予期していたイエスは、自らの役割を13人の弟子たちに受け継がせる必要性を感じた。しかし、精霊が宿っているのはイエス本人の体である。そこで自らの血肉を弟子たちに食べさせることで、彼らに憑依しようと試みた可能性があるのだ。

■3日後の復活は何だった?

では、イエスが本当に弟子に食べられたとすると、3日後に復活したというエピソードをどのように捉えたらよいのだろうか? 新説によると、イエスの血肉に宿る聖霊が、まさにそれを食べた弟子たちの体内に入り、憑依したのだという。

すると、イエスの人格は弟子の人格を圧倒し、弟子たちはイエスのように語り出す。「最後の晩餐」を経た弟子たちは、すでに「自分は“神の子”を食べ、“神の子”と一体化している」と信じ込んでおり、全能感が異常に高まり、集団催眠にもかかりやすくなっている。

そして彼らはイエスの復活を渇望しているため、イエスと似た素振りや言動をするほかの弟子を見て、イエスが復活したと思い込みやすい状態にあったのだ。

そう、すべては自らに宿る精霊を13人の弟子に移し、効率的な布教存続を図るというイエスによる企てだったというわけだ。イエス亡き後、弟子たちが捕らえられ、度重なる拷問を受けても死ななかったという逸話もあるが、これはイエスの聖霊が憑依していたからこその現象だったのかもしれない。

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■古くからあったキリスト教の生贄の儀式

さて、ここまで読み、「最後の晩餐」に“生贄”の発想に通じるものがあると感じた読者もいるのではないだろうか。1人の「清らかで霊感の高い」生贄が犠牲となることで、災いを防ぎ、鎮める。さらに、そんな「清らかで霊感の高い」生贄を食べることで自らの霊感も強くなるとすれば、儀式的カニバリズムとの関連も生じてくる。実は、聖書と生贄・カニバリズムの発想は、決して無縁ではないのだ。

旧約聖書の創世記には、預言者アブラハムが不妊の妻サラとの間に年老いてからもうけた愛すべき1人息子イサクを生贄に捧げるよう神ヤハウェによって命じられた、という記述がある。結局、それはヤハウェがアブラハムの信仰を確かめるための試練で、イサクが生贄に捧げられることはなかったが、これは「神が望めば、実の子でさえも生贄に差し出さなければならない」という考え方にほかならない。

また、キリスト教においてカニバリズムが行われたのは「最後の晩餐」に限ってのことではない。例えば、日本の隠れキリシタンから派生した「クロ教」という集団においては、近年まで儀式的カニバリズムが存在していたという。もちろん、これらの生贄や儀式的カニバリズムには、イエスのように自らすすんで犠牲を申し出るのではなく、嫌がる者を無理矢理連行するケースもあった点をつけ加えておかなければならない。

■バチカンや英国教会による、児童殺人儀式の疑惑も

そして実は、儀式的カニバリズムが近年までバチカンで行われていた、という暴露情報もある。

『月刊ムー 2013年8月号』(学研)によると、2013年2月25日、ベルギー・ブリュッセルにある国際慣習法裁判所の法廷が、当時のローマ教皇(ベネディクト16世)や英国のエリザベス女王らを含む30人の被告に、カナダの先住民族であるモホーク族の少年少女に対する誘拐・拷問・殺戮・死体遺棄の疑いで懲役25年(仮釈放無し)の有罪判決を下しているのだ。

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法廷では複数の証人(被害者)らが彼らの犯罪を証言した。資料によると、ローマ・カトリック教会と英国教会は、1960年代からモホーク族の児童を拉致し、生贄にする儀式に及んでいたという。さらに、児童に強姦や拷問を加えたり、霊的パワーを得るためのカニバリズムも行われたと囁かれている。

結局、裁判にローマ・カトリック教会と英国王室が出廷することはなく、国際慣習法を破ったとしてもそれを罰する機関など存在しないため、すべての真実は闇の中となってしまった。しかしこれが真実だとしたら、まさに「最後の晩餐」が生贄や儀式的カニバリズムに形を変え、もっとも悲惨な形で現代にまで受け継がれてしまっていることになる。

魔女である筆者は、無神論者ではなく反キリストでもないが、日頃から祈祷やヒーリングなどを行うときに神様にはお世話になっている。その際、現在のキリスト教が本来の教えとは大きく形を変えてしまったことを直接示唆されたため、今回の記事を執筆しているのだ。いずれにしても、近年はバチカン内部からさまざまな暴露情報が出てきているため、真実が白日の下に晒される日も遠くはないのかもしれない。

参考:「ハピズム

参照元 : TOCANA



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イスラエルの「宗教」について学んでみよう、はじめの一歩。

紛争問題や、空爆の報道のイメージの強いイスラエル。政治的な問題を紐解く前に、イスラエル社会や宗教について少し学んでみませんか。宗教の自由を認めるイスラエルでは、多様な出身地の人々が集まるため、まるで複雑なモザイクのよう。そのはじめの一歩として…。

イスラエル国の宗教と基礎知識をおさらい

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イスラエルは中近東に存在する国のひとつ。イスラエル内の都市エルサレムはユダヤ教・キリスト教・イスラームの宗教聖地が存在し、沢山の観光客が訪れていました。

イスラエルの名称あれこれ
日本での正式名称はイスラエル国。英語ではState of Israel。漢字で書くと以色列。四国よりもやや広い面積の国土に、埼玉県と同程度の人口を持つ。
出典:ニコニコ大百科・イスラエル

イスラエルの大きさと首都
四国よりもやや広い面積の国土に、埼玉県と同程度の人口を持つ。 イスラエルは首都をエルサレムと主張しているが、国際的には認められておらず 日本を含め各国はテルアビブ(Tel Aviv)に大使館を設置している。
出典:ニコニコ大百科・イスラエル

イスラエルはエルサレムを首都と主張していますが、諸外国からは認められておらず、二重の首都を持っています。これは、中国と台湾の関係というとイメージしやすいでしょうか。

イスラエルと周辺地域の関係
パスポートにイスラエル入出国記録があると周辺のアラブ諸国は全て入国拒否される。そのため、アラブ諸国へ旅行の予定がある者は入国スタンプを拒否する「ノースタンプ」を要請する場合が多い。
出典:ニコニコ大百科・イスラエル

イスラエルと諸外国の関係は決して良好とはいえないようです

イスラエルの人々の信仰する宗教は様々。
大きく分けるとユダヤ教・イスラム教・キリスト教徒の3宗教にわかれます。

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イスラエルの宗教

イスラエル政府統計局発表によるイスラエルの人口と宗教分布グラフ
イスラエルは宗教の自由を認めている。2004年のデータではユダヤ教徒が523.8万人(76.2%)、ムスリムが110.7万人(16.1%)、キリスト教徒が14.4万人(2.1%)、ドゥルーズ派が11.3万人(1.6%)、その他26.5万人(3.9%)となっている。信仰のあり方についても多様で、戒律を厳しく守ろうとするユダヤ教徒は20%、ある程度個人の自由で守るものが多数派で60%、全く守ろうとしないものも20%いる。
出典:イスラエル

大きく三つにわけましたが、勿論それ以外の宗教を信仰している人もいます。また、宗教の中でも、派閥で分かれているので、イスラエルはまさに宗教モザイク国家とも呼べるでしょう。

それぞれの宗教が生まれた順番
ユダヤ教の一派として、キリスト教ができ、また、キリスト教の近くから、イスラム教は発生しています。
出典:イスラエルに3つの宗教の聖地が存在する理由は?

それぞれの宗教には繋がりがあるものの、互いに認め合うことのできない派閥もあり、宗教戦争さながらの争いが起きることもあります。

イスラエルの都市エルサレムには3つの宗教の聖地が存在する
とくにエルサレムという都市は、この3つの宗教の聖地であります。エルサレムという小さい町に、ユダヤ教の聖地、嘆きの壁(ユダヤの城の跡)、キリストがエルサレム入城したためのキリスト教の聖地、そして(理由忘れたが)イスラム教の聖地であり、たいへんこの宗教の地域が複雑にわかれています。ようは、エルサレムという都市が、ユダヤ教の聖地であり、そこから派生したキリスト教、さらにイスラム教の重要な都市になっています。
出典:イスラエルに3つの宗教の聖地が存在する理由は?

エルサレムは、その小さい街に3つの宗教の聖地が複雑に絡み合う土地なのです。

ユダヤ教の魂の故郷「嘆きの壁」

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祈祷所は、男性が左側、女性は右側と分けられている。男性は頭を覆うものがなければいけない。帽子を被るか入口で貸してくれる紙で作った小さな帽子(キッパ)を頭にのせる。
出典:☆エルサレム (4) <嘆きの壁、新市街>

イスラム教の聖地「岩のドーム」

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イェルサレムのモスク。神殿の丘のある。ムハンマドの昇天伝説の地に建てられ、イスラーム教の聖地とされている。
出典:世界史の窓

キリスト教の聖地「ヴィアドロローサ」

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ヴィア・ドロローサとは、イエスが死刑の判決を受け、茨の冠をかぶせられ、自ら十字架を背負って歩いた道のことです。旧市街イスラム教徒地区からキリスト教徒地区へと続くおよそ1キロほどの道です。ヴィア・ドロローサには、聖書の記述や伝承に従って、14留(14ステーション)が指定されています。ヴィア・ドロローサの出発点はローマ総督ピラトの官邸、終着点はゴルゴダの丘です。イエスはゴルゴダの丘で磔刑(はりつけの刑)で処刑されるのです。ゴルゴダの丘とされる場所には、現在、聖墳墓教会があります。
出典:ヴィア・ドロローサ(悲しみの道) その1

イスラエルの宗教に必要とされる女性の身だしなみ

現在、イスラエル周辺世界で使用されている女性の服装は、宗教の教えにより、顔や体の一部を隠すヴェールのようなものが大半を占めています。イスラエル圏に行った際にはその宗教に合わせ、郷に入っては郷に従うのも一つのマナー。その一部をご紹介します。

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ヒジャブ
近年のヒジャブはお洒落なものも沢山増えているよう。

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アバヤ


私が個人的に、説得力があるなと思ったのは、ある現地の女性が教えてくれた説。昔はこの辺りが本当にとても貧しく、衣装に出来る布はイランから白と黒だけが大量に与えられていて、白は透けるから男性用、黒は透けないから女性用という風に分けられたということ。

実際この辺りは、石油が出るまで食料や飲料水の確保も難しく、50年〜60年前の住居やスークの写真を見ると、建物がナツメヤシの葉で作られていた地域。それを考えると、黒は女性を美しく見せるから、という理由よりは、貧しかったからの方がなんとなく説得力がある気がします。

現在はまわりを見ると、美しくドレスのようなデザインのアバヤが溢れていて、貧しかった頃のことは想像するのが難しいほど。特に裾や袖のデザインには、スワロフスキーがふんだんに使われていて、眩しい。

着物とアバヤに、肌を見せない美という共通点を見つけたという日本人デザイナーのTaeko Ohmiさん。アバヤの根底にある、「本当に美しいものは、むやみに見せびらかすものではない」という考え方は、日本文化を見直す気持ちになりますね。

出典:HIROSHI & HIROKO の世界一周珍道中

イスラエルから生まれた宗教はどれも偶像崇拝を禁止しています

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キリスト教会にある十字架やマリア像は?
キリスト教では「それ」を拝んでいないので、問題ないとされています。(プロテスタントの教会では像は置いていません)イスラム教やユダヤ教では「存在することも許されない」と、もう少し厳密なようです。

カトリックが、イエス像やマリア像をつくって置いているから、そこにあります。カトリックが、置いているイエス像やマリア像のことは、一般に「偶像」といいます。ユダヤ教や、プロテスタントや、イスラム教では、こうした偶像があってはならないと考えているようで、拝まなければよいということでは、ないようです。

カトリックは偶像崇拝禁止と考えているようで、拝んでいないので問題ないという解釈のようです。が、ユダヤ教や、プロテスタントや、イスラム教にとっては、マリアを崇拝していること自体が「ちがうだろ!」という感じのようです。
出典:キリスト教は偶像崇拝禁止と聞きますが、教会にイエス像やマリア像があるのはなぜですか?

イスラエルの宗教規定による食事の違い

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ユダヤ教の厳格な食事規定「コシャー」

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イスラム教の食事のありようは宗教経典「コーラン」に書かれています
イスラム教徒は宗教上の理由で豚肉、またはお酒を飲むことは許されていないのは有名ですね。

イスラエルにはほかにも様々な宗教施設・宗教遺跡が

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マサダ遺跡
紀元70年にローマ軍により追いつめられた900人余りのユダヤ人が篭城し自決したマサダ要塞の跡。「ノーモア・マサダ」というスローガンを生み、二度と同じ悲劇を繰り返さないという決意をユダヤ人に与えました。

マサダは、その歴史的経緯から現在でもなお多くのユダヤ人にとって特別な思い入れのある場所であり、ユダヤ人全滅の悲劇を再び繰り返してはならないという決意から、イスラエル国防軍の入隊式がマサダ頂上で行われ、国家への忠誠を誓います。
出典:名所・史跡を訪ねて

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ナザレ
イエスの母マリアが、大天使ガブリエルから聖霊によって身ごもったことを告げられた場所「受胎告知教会」が残るナザレ。聖堂内には世界中の信者から寄せられた絵画が飾られています。

イエス・キリストは「ナザレのイエス」と呼ばれ、現・イスラエル北部のガリラヤ地方ナザレの街で育ちました。現在のナザレには、受胎告知教会と聖ヨセフ教会があり、とても敬虔な雰囲気の中を散策することができます。こここそが、世界史上、最も重要な存在が青春を送った場所なのです。
出典:受胎告知教会も!イエスの育ったナザレの町を歩こう

日本にもイスラエルの宗教施設が存在します

イスラム教

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日本最大のモスク(イスラム教会)「東京ジャーミイ」

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モスク内部は圧巻の美しさ。こちらの宗教施設は一般の方にも公開されていて、自由に見学することができます。

ユダヤ教

日本国内にはユダヤ教寺院・シナゴーグが東京・横浜・名古屋・神戸に存在する。
出典:ニコニコ大辞典・イスラエル

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ユダヤ教会「ユダヤコミュニティーセンター」

「日本ユダヤ教団」は日本におけるユダヤ教のコミュニティセンターである。2006年に匿名の寄付によって計画が始まった。地下には駐車場と洗礼室。1階に収容人数200人の多目的室とそれに隣接する厨房、南側のガーデンテラスに面するラウンジ。2階には86席の固定席を持ったこの建物の中心的存在のシナゴーグと日曜学校の教室、図書室がありラビの住居もある。高さ制限のなかで、天井高を可能な限り高くとるため多目的室を北側に、シナゴーグを南側にずらして配置し、その間に吹抜け空間をもった光あふれるエントランスロビーを配置した。外観は、杉板本実型枠の打放し仕上、北と南のファサードにはカットした大判タイルでパターンを構成している。
出典:ユダヤ コミュニティーセンター

まとめ
いかがでしたか?とても複雑で、一度に理解するのは難しそうです。けれど世界の様々な問題を考える時、イスラエルの宗教世界はこれからもきっても切り離せないトピックになるでしょう。3つの宗教が生まれた美しい国。穏やかになる日が来ることを願って…。

参照元 : JOYTRIP

イエス・キリストの人物像は?長髪にヒゲは本当なのか?

【寄稿】イエス・キリストの本当の姿は? 長髪にひげは本当か

2015年12月24日

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ジョーン・テイラー
キングス・コレッジ・ロンドン

イエス・キリストの外見ならだれもが知っている。西洋美術でキリストほどモチーフにされてきた人はいない。長髪でひげをたくわえ、長袖で裾長の服(白が多い)に衣を重ねている(青が多い)。

「これぞジーザス」とその見た目はあまりに分かりやすいので、パンケーキやトーストに表われてもすぐに分かるほどだ。けれども本当にイエス・キリストはこういう姿だったのだろうか?おそらく違う。

私たちが慣れ親しんでいるこのイエスの姿は実は紀元4世紀以降、ビザンチン期のものだ。そしてビザンチン時代のキリスト画像は、歴史的に正確な描写ではなく、象徴としてのイエスを描いたものだった。

ローマのサンタ・プデンツィアーナ教会の祭壇に描かれたモザイク画のように、玉座に座り君臨する皇帝をイメージした姿なのだ。
 
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ローマのサンタ・プデンツィアーナ教会の祭壇に描かれた、教えるイエスのモザイク画。4世紀製作、16世紀修復。頭上の光輪はかつては古代ローマ・ギリシャ芸術でアポロンなど太陽神を表すものだったが、後にイエスの神性を表現するため使用されるようになった

このモザイク画でイエスは金色の長衣を着ている。全世界を支配する天上の存在で、オリンポス山の玉座に君臨するゼウス像によく似た長いひげと長髪姿だ。ゼウス像はあまりに有名で、古代ローマのアウグストゥス帝は同じポーズで自らの像を作らせたほどだった(神々しい長髪とひげは省いたが)。
 
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ペイディアスのゼウス(左)とアウグストゥス帝像

ビザンチン時代の芸術家たちは、全宇宙の王、天上の支配者としてのキリストを描こうとして、若いゼウスのような姿で描いた。それ以来、天上の存在としてのキリスト像が、初期のイエスの姿の標準となった(現代では時折ヒッピー風になるが)。
 
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ミュージカル「ジーザス・クライスト・スーパースター」のポスター

では結局、本当のイエスはどういう姿だったのだろう?

頭からつま先へとたどってみよう。

1. 髪とひげ

初期のキリスト教徒が天上の支配者キリストとしてではなく、イエスを描いた場合、イエスは普通の男性の姿だった。ひげはなく、髪は短かった。
 
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イエスを描いた最初期の作品。ユーフラテス川沿いの廃市ドゥラ・エウロポスの教会から発見された。紀元3世紀前半製作と思われている。

けれども、イエスがさまよえる賢者だったならば、もしかするとひげをたくわえていたかもしれない。床屋に行かないという、それだけの理由で。

全体に身なりを気を遣わず、ひげ。これはいかにも周りとは違う哲学者の風貌だ(見た目よりも高い次元のことを考えていたとして)。古代ギリシャのストア派哲学者エピクテトゥスは「自然にのっとり適切」な姿だととらえていた。

哲学者を例外にして、紀元1世紀のギリシャ・ローマ世界において、ひげをきれいに剃り髪も短く整えておくのは、不可欠のみだしなみだった。豊かな長髪とたっぷりしたひげは、神の特徴であって、一般男性のスタイルではなかった。哲学者といえども、髪は比較的短く刈り込んでいた。

古代世界では、ひげはユダヤ人男性の特徴ではなかった。むしろユダヤ人を迫害しようとする為政者にとっては、ほかと区別がつかないのが問題の一部だったのだ(マカベア書にもこの点の記載がある)。しかし紀元70年のエルサレム陥落後にローマ帝国が発行したユデア・カプタ硬貨に刻まれた囚われのユダヤ人男性は、ひげをたくわえている。

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ユデア・カプタ硬貨

つまり「自然な」スタイルの哲学者としてイエスは、ユデア・カプタ硬貨に描かれた男たちのように短いひげをたくわえていたかもしれないが、髪はおそらくさほど長くなかったはずだ。

髪が多少でも長かったなら、周りから何らかの反応があったはずだ。ひげを整えず長めの髪のユダヤ人男性はすなわち、神に誓いを立てたナジル人だった。ナジル人は一定期間、神に仕えてぶどう酒を断ち、髪を切らず、この期間が終わるとエルサレムの神殿で行われる特別の儀式で剃髪にするのがならわしだった(聖書の使徒行伝21章24節)。

しかしイエスはナジル人の誓いを守ってはいない。ぶどう酒を飲む様子が頻繁に記録されているし、反対派はイエスが飲みすぎると批判している(聖書のマタイによる福音書11章19節)。もしイエスが長髪でナジル人のような外見だったなら、見た目と行動が不釣り合いだと何らかの指摘があったはずだ。ワインを飲みすぎどころか、飲んでいることそのものが問題視されたはずなのだ。

2. 服装

イエスの時代、裕福な男性は自分たちの高い身分を世間に知らしめるため、特別な日に長衣を身に着けた。イエスの教えのひとつに「律法学者に気を付けるように。長い衣で歩き回りたがり、市場であいさつされるのをこのみ、会堂では最上席に、宴会では上座に座りたがる人たちを」というものがある(マルコによる福音書12章38、39節)。

イエスが発した言葉は福音書の中でも比較的正確とされている部分なので、この言葉からイエスは長い衣を着ていなかったと推量できる。

イエスが生きた世界では一般的に、男性は膝丈の「キトン」を着ていた。女性のキトンはくるぶしまで届いた。男女が逆のものを着るとしたら、それは何か言外に言いたいことがあってのことだ。ゆえに紀元2世紀の出来事を記録したパウロとテクラの使徒行伝で、女性のテクラが男性用の短いキトンを身に着けるのは、なかなかショッキングな場面なのだ。

キトンは1枚布として織られ、肩から裾にかけて色の帯が通っていたものが多い。
キトンの上にはマント(ヒマティオン)をかけた。イエスによる癒しを求めた女性がイエスのマントに触れたという描写もあるので(たとえばマルコによる福音書5章27節)、イエスもマントを着ていたと分かる。マントは大きい羊毛の織物で、厚さはないため、防寒用には2枚重ねる必要があった。

ヒマティオンは現在のショールのように、様々な形で身に着けることができた。膝丈より長く、短いキトンをすっかり隠すこともあった(苦行中の哲学者の中には、キトンなしで大きいヒマティオンに身をくるむことがあった。そうすると上半身の右側が裸のまま露出されるわけだが、それはまた別の話だ)。
 
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ヒマティオンとローマのトーガは似ていたが、トーガは円形で(半円にたたんで着用した)ヒマティオンは長方形だった。画像は、イエスのマントに触れる女性。

人の権力や名声は、このヒマティオンの品質や大きさ、色に表われていた。紫や特定の青は、権勢や社会的評価の象徴だった。紫や青い色を出すための染料が貴重で高価だったからだ。

歴史家ヨセフスは、ユダヤからローマ人を追い出そうとしていたユダヤ人組織ゼロテ派について、「色で染めたマント」で女装した人殺しの集団として描いている。つまり色つきのマントは女性の衣服だったということになる。すると、よほど高貴な身分でなければ、男は色なしの服を着るものだったと推量される。

しかし、イエスは白い服を着なかった。布を脱色するかカルキで白くしなければ、服は白くならないので。そしてユダヤでは、ユダヤの律法を厳粛に守るエッセネ派が着るものとされていた。イエスの服と、真っ白でまぶしい服の違いについては、マルコによる福音書の9章に言及がある。

そこでは3人の使徒をつれたイエスが祈るために山に登ると、光を発し始めるのだ。マルコはイエスのヒマティオンが「真っ白に輝き、この世のどんなさらし職人の腕も及ばないほど白くなった」と描写する。つまりマルコは、こうやって様変わりする前のイエスを、普通の服を着た普通の男性として描いているのだ。普通の服とはこの場合、染めていない毛織物の、脱色するためにさらし職人に出すようなたぐいの服だったということだ。

イエスの服装については、処刑時の描写からもいろいろと分かる。ローマ兵はヒマティオンを4つに分ける(この場合、イエスはおそらくヒマティオン2枚を着ていたのだろう)(ヨハネによる福音書19章23節)。片方はおそらく、ユダヤ人の祈りのショール「タリス」だったのではないか。

タッセル(糸を巻いた飾り)つきのこのマントは、マタイによる福音書23章5節でイエス自身が言及している。タリスは軽いヒマティオンで、色を染めていないクリーム色の毛織物で作るのが普通で、藍色の縞模様か刺繍が施されていたはずだ。

3. 足

イエスはサンダルを履いていたはずだ。誰もがサンダルを履いていたので。死海とマサダ近くの洞窟からはイエス時代のサンダルが発見されているので、その形もはっきり分かっている。分厚い皮革を縫い合わせた靴底と、足の指の間を通す皮ひもを合わせた、非常に素朴なつくりだった。
 
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子供と女性と男性のサンダル。「マサダの物語」1993年展示カタログより。ヘブライ大学、イスラエル考古学庁、イスラエル考古学研究会

4. 顔の特徴

ではイエスの顔の特徴は? ユダヤ人の顔だったはずだ。イエスがユダヤ人だったのは確実で、パウロの手紙など様々な文献に繰り返し記載されている。ヘブライ人への手紙には「わが主がユダ族出身なのは明らかだ」と書かれている。では当時のユダヤ人男性はどういう外見だったのだろう? ルカによる福音書3章には「活動を始めたときは30歳くらいだった」とあるので、それくらいの年齢の。
 
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BBCドキュメンタリー「神の子」のために作られたCG画像

2001年のBBCドキュメンタリー「神の子」では、法医学人類学者リチャード・ニーブ氏がガリラヤ地方の男性の顔を、実際に同地方で発見された頭蓋骨をもとに再現してみせた。これがイエスの顔だと言ったわけではない。単に、イエスは特定の時代と場所に生きた人物だったことを、視聴者に考えてもらうきっかけにするのがねらいだった。イエスは特徴的な外見をしていたという記載は、文献に特にないので。
 
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クレタ島のこのフレスコ画では、青い瞳のイエスが描かれている。しかし実際のイエスが青い瞳だった可能性は少ない

大昔の骨から再現できるものもあるにせよ、これこそ実際のイエスの姿に近かったのではないかと私が思うのは、ドゥラ・エウロポスの3世紀のシナゴーグ(会堂)に描かれたモーゼの壁画だ。「ギリシャ・ローマ世界におけるユダヤ人の賢者」を描こうとして描かれた姿だからだ。作者が思い描いたモーゼは、染料を使ってない服を身に着けている。

マントのひとつはそれこそ、タリスだ。紅海を分かつモーゼが巻いている布の縁に、タッセルの飾りが見えるからだ。いずれにせよ歴史上のイエスを想像する出発点としては、現在のスタンダードとして定着してしまっているビザンチン版のイエスよりは、こちらの方がはるかに正確だ。このモーゼは短髪に軽いひげで、半そでの短いキトンとヒマティオンを着ている。
 
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紅海を割って渡るモーゼ

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モーゼと燃える柴。青い縞模様のキトンと、青い模様入りのタリスを着ている。どちらも青色は藍で染めて出したはずだ。

<筆者について>ジョーン・テイラー教授はキングス・コレッジ・ロンドンで初期キリスト教および第二神殿時代のユダヤ教を教えている。「The Essenes, the Scrolls and the Dead Sea」などの著書がある。

(英語記事 What did Jesus really look like?

参照元 : BBC NEWS JAPAN


イエスキリストはユダヤ教徒なのになぜキリスト教が生まれたのでしょう?

ベストアンサーに選ばれた回答

bible_goさん 2012/10/606:49:38

イエスはユダヤ教徒として生まれ、ユダヤ教として活動し、ユダヤ教徒として死にました。彼の教えの内容に、その当時のユダヤ教を大きく凌駕するものはありません。問題はイエスが死んだ後です。

イエスが死んだ後、元弟子たちの間に「イエスは復活した」という信仰が生まれます。イエスの復活は、イエスが聖書に預言された救世主(キリスト)である証拠とされました。こうした主張は他のユダヤ教徒たちに受け入れがたく、イエスをキリストだと主張するグループは孤立して、他のユダヤ人たちからキリスト教徒(キリスト者、クリスチャン)と呼ばれるようになったわけです。

同じ頃、もう1つ別の問題が起きます。

当時ユダヤ教の周囲には、ユダヤ教の教えを信じる外国人の存在がありました。こうした人たちは「神を恐れる人たち」と呼ばれていましたが、ユダヤ教の生活習慣を丸ごと受け入れることはできず、それぞれが生まれ育った外国の習慣を保ちながら、一方でユダヤ教の神を崇拝していたわけです。

ユダヤの習慣の象徴的な存在が、男性の割礼です。ユダヤ教徒になるには割礼を受けなければなりませんが、これが高いハードルになって、外国人はなかなか正式なユダヤ教徒になることができませんでした。

これに対してキリスト教徒の一部が、「外国人は割礼を受けなくても、信じる気持ちさえあれば同じ信仰者として認める」と主張し始めます。ユダヤ人キリスト教徒の多くはこれに反発しますが、やがてこの主張は認められるようになり、外国人の信徒がどんどん増えていきました。

こうして外国人の信徒が増えれば、他のユダヤ教グループとの距離はますます広まって行きます。こうして1世紀の終わり頃には、キリスト教はユダヤ教から分かれた別の宗教になったのです。

参照元 : Yahoo知恵袋


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クリスマスの正体

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クリスマスがキリスト教以前の風習をそこはかとなく残していることは、話には聞いていたし、ずっと以前から何とはなしに感じてもいた。しかし、それが実際どういうものかは知りませんでした。

今年になって別件を調べているうちに、クリスマスが本来もっていた、禍々しいパワーの一端を垣間見ることになったのです。

トナカイさんを笑うな

「♪赤いお鼻の、トナカイさんは〜、いつもみんなの笑いもの〜」

しかし私にはもはや、トナカイさんを笑うのは、恐すぎてできない。

ジョン・カーペンター監督の名作「ゼイリブ」で、サングラスをかけると世界の本当の姿が見えるように、霊的な視力を獲得すれば、サンタを導くトナカイは、こんな姿をしているはず。



彼らはKrampusと呼ばれ、クリスマスから始まる十二夜を徘徊する悪鬼。

サンタクロースが連れてくるもの
しかし、サンタクロースが連れてくるものは、クランプスだけではない。さらに不気味な輩をご紹介してみるのです。ふだんは見えないだけで、サンタさんはいつもこいつらを連れ歩いていますから。



彼らの名はひとつにはButtnmandl。ブット君と呼んでおく。ブット君は手に棒を持っていて、これで悪い子供を叩く。だが、本来は未婚女性を叩く棒であったらしく、ブット君になれるのは未婚男性のみであり、棒は勃起したおちんちんを象徴しています。都条例違反。

オーディンとキリスト – 神は自らに自らを捧ぐるもの
冬至に祭りをおこなって、弱った太陽を再生させる。人類にとってはおなじみの風習であり、キリスト生誕の伝説は、ローマのサテュロス祭やゲルマンの冬至祭などと結びついて、クリスマスが出来上がっていく…とは、ものの本にあるものの、上の映像を見ると、そのインパクトはもっと根源的なものといえそう。

クランプスやブット君は、東北のなまはげや、沖縄のアカマタクロマタにそっくりだし、そもそもお正月の歳神がサンタクロースと通い合うもののはず。

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ワラの着ぐるみが仮面と相まって、なんとも不気味なのですが、同じワラでしめ縄を作れば、これが護符として機能する。この習慣も日本とヨーロッパで共通に見られるものです。(写真は「イギリス・ウェールズ地方のしめ縄」@日本玩具博物館)

蘇民将来の神・牛頭天王や節分の鬼も、この群に属しているはずで、角が生えた悪鬼が禍福をともにもたらす年神。疫病神としては祓われ、あるいは逆にもてなされることで蘇民将来の子孫に福をもたらす。クリスマスツリーは本来、2月2日の聖職祭に片付けるものであったことをふと思い合わせます。

ゲルマンの冬至祭ではツリーに生贄を吊るした。

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9日間の苦悶の末にクリスマスに死ぬのは、じつは大神オーディン自身。オーディンは、世界樹ユグドラシルに自らを自らの生贄として吊るしたのです。この摩訶不思議な自己反復的生贄は、じつはイエス・キリストの十字架の原理そのもの。ゲルマンがキリストをどのように理解したかに思いを馳せてみることは、クリスマスの神秘の奥義へのいざないとなるはず。

古代バビロニアでは、マルドゥク神は、夜の化身である獣と戦い、その顎を裂いて、獣の体内から自分自身を取り出した。自己反復。ゲルマン神話で、太陽を呑みこんで走る夜の獣は狼であり、その口を裂いて、太陽が取り出されることが夜明けと考えられた。地平線から陽が昇るさまを、「夜の顎を裂く」と詩的に表現したのです。

世界最終戦争ラグナロクで、オーディンはフェンリル狼に食われ、その顎をオーディンの子ヴィーザルが裂く。ここではすでに、「自分が自分を」という自己反復が、「子が親を」という親子関係に分解されており、キリストにおける、「神が神を生贄」から「父なる神が神の子を」という分解に対応しています。

この裂け目は重要で、これがおそらくラカンのいう去勢にあたる。他者不在の双数関係は破れ、他我の分解した、言語と法の支配する象徴界が開ける。夜明け。

しかし、夜を引き裂いた傷は残り、オーディンが片目であったり、テュールが片腕であったり、全能であるはずの神の子にロンギヌスの槍が突き立ったり、人類が神経症に悩まされたりするのは、そのため。不完全なるこの世界、欠落の存在理由。母なる夜は、つねにいざなう。

フランクの小箱
クリスマスは、毎年繰り返されるラグナロクであり、神は殺され、神はよみがえる。太陽の運行のみでなく、動植物もそのようにサイクルし、この原理の世界支配は明白でしたが、鍛冶師もまた同じ象徴を用いて、自分の仕事を理解していたのではないかと思うのです。この探りについてはまだ始めたばかりで、切れっ端らしきものをつかんだだけですが、フランクの小箱という宝物があるのです。

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9世紀頃に、クジラの骨にレリーフして作った小箱で、今は大英博物館所蔵。

箱の各面のレリーフは、さまざまな神話伝承がルーン文字による詩とともに、見事に彫り付けられていて、それが、ゲルマン神話、ローマ神話、キリスト伝説が混在するという不可思議なもの。あるいはカレンダーのようなもので、それぞれのレリーフは季節や月を表すのかもしれません。キリスト誕生のレリーフもあって、これが不可解なことに、鍛冶師の祖ウェイランドスミスの伝説と隣り合わせになっている。*1

三人のマギは星に導かれ、馬小屋にたどり着き、キリストの生誕を目撃する。

「小屋で生まれる」というのは、秘密結社の基本的な儀礼で、新参の加入者は、森の中の結社のロッジで、死と再生の儀式を執り行う。小屋が母胎に見立てられているからで、中沢新一「熊から王へ」で詳細に説かれています(エスキモーの結社と縄文土器の蛙の結びつき。土器も母胎である)。

この様子は聖フランチェスコがプレゼピオという人形劇に再現して普及することになりますが、そこでもまるでりかちゃんハウスのように、「小屋」が重要な役割。

ここには何かがあると感じるのですが、まだ追求できていません。なぜフランクの小箱で、ウェイランドスミスと隣り合わせなのかも、そこに答えがあるはず。来年のお楽しみとしておきますね。

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ついでに、玩具博物館で見つけた、不思議なアイテム。
メキシコでは、クリスマスのキャンドル台が「生命の木」に見立てられ、独特の神話再創造が起きています。そこでは樹と蛇はほとんど同一の存在…ユグドラシルとオーディン、十字架とキリストのように…であり、その両側にアダムとイブが配置されているのです。恋人たちは夜のもとに融合し、かりそめの想像界に浸るが、蛇は裂け目として機能し、智慧(言語と法)の夜明けが来る。

Footnotes: *1. 鍛冶師ヴェルンドは、竜を倒し、その血を飲んで、鳥の言葉がわかる。暴虐王によって足の腱を切られ、打ち出した名刀を奪われ、閉じ込められる。王の子供たちをだましうちにして、王子の頭蓋骨から盃を作り、それで王に酌をさせる、という伝承がレリーフになっている。

参照元 : AZ BLOG


西洋版なまはげ!クリスマスの悪魔「クランプスの儀式」とは?

2014年12月8日

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日本人ならなまはげという言葉は一回くらい聞いたことがありますよね?実は日本だけでなく、海外にもなまはげに似た妖怪が存在したんです!特にドイツ・オーストリアの怪物は「クランプス」と呼ばれて、クリスマスの時期に出てくるそうです。なんだか面白そうですね。一緒に「クランプス」の生態を見ていきましょう。

日本のなまはげはこんな感じですよね?

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なまはげは、大晦日に秋田県の男鹿市と三種町、潟上市の一部の各家々で行われる伝統的な民俗行事。

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ナマハゲは大晦日の夜になると「悪い子はいねがー」「泣ぐコはいねがー」と発しながら家々をまわり、悪を諌めるとともに吉をもたらすとされる、日本の民俗行事の一つである。

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東北地方においては幼児に対する教育の手段として理解されている。親は幼児に対し予めなまはげによる強い恐怖体験を記憶させ、そのあと幼児に対し望ましくないとみなされる行為を行った場合、その恐怖体験が再現される可能性を言語的手段によって理解させる。

教育目的があっただなんて知りませんでした。東北の子はたくましく育ちそうですね。

一方ドイツ・オーストリアでは・・・

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え・・・?

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冷静に怖すぎ

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トラウマになりそう

クランプスは、ヨーロッパ中部の伝説の生物であり、主にドイツ東南部のバイエルン州とオーストリア中部・東部とハンガリーとルーマニア北部のトランシルヴァニア地方とスロヴェニアにおいて、クリスマス・シーズンの間に、聖ニコラウスに同行する行事でもある。

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伝統にのっとり、12月の最初の2週間、特に12月5日の晩になると、若者はクランプスの扮装をして、錆びた鎖と鐘を持ち、子供と女性を怯えさせながら通りを練り歩く。

クランプスは、木彫り師の作った仮面に、雄羊の角をつけ、ヤギの毛皮からできたズボンにコートをまとい、腰にはカウベルを下げ、騒々しく闊歩します。

やっぱヨーロッパは違うなと感じました。なんだか日本のなまはげが可愛くみえてきてしまいます。



役割はなまはげと一緒なんです!

ドイツの古い伝承では、サンタは双子の設定で、一人が良い子にプレゼントを配り、もう一人は黒と茶色の衣装を着て、悪い子におしおきしてまわるという。

サンタクロース

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実は双子の片割れなんです。

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子供の顔が切ないです。

なまはげとの共通点として、子供におしおきをするということです。ドイツ・オーストラリアのクリスマスは楽しいだけじゃないんですね。

グリーンランド国際サンタクロース協会という組織があり、公認サンタクロースが120名近くいるらしいのだ。

ということはこの世にはクランプスが120名近くいるんですか。そう考えると怖すぎます。

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いかがでしたでしょうか。ヨーロッパのクオリティの高さはすごいものがありましたね。クリスマスが悪夢に変わってしまう可能性もあるんですね・・・。

参照元 : RETRIP


クリスマスは悪魔の祭典。キリスト教と全く関係のないイベントであり、キリスト教を利用し、大衆を洗脳して悪魔の儀式をやらせているのです。大衆は何も知らずに悪魔を受け入れる儀式に加担している。

12月25日(クリスマス)は、イエス・キリストの誕生日ではない。そんなことは聖書のどこにも書かれていません。

事実を述べると、

神話では、太陽が力を奪還し、夜を支配し始める時期に当たる。冬至の時期は一年で夜の時間が最も長い。一方の日照時間は一年で最も短い。

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だから神話的な戦いが行われる。

「太陽」 対 「夜」

冬至の時期に、太陽は最も低い位置から徐々に高くなり、最高点を迎える夏まで徐々に高くなっていく。

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当時の異教徒たちはこの現象を太陽が夜から力を奪還する象徴として捉えた。それを元に神も生まれた。

▼例えば、古代エジプトの神「ホルス」は冬至である12月25日に生まれた。

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古代ギリシャの神「ヘリオス」、同じく冬至の12月25日に生まれた。

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グレコローマンの神「アポロ」、同じく12月25日生まれ。

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ヒンズー教の神「ミトラ」、同じく12月25日に生まれた。

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▼そして、悪魔中の悪魔、二ムロドの化身である「バアル」だ。

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バアルは二ムロドの死後、母、セミラミスに神格化され太陽神になったと宣言する。バアルも12月25日生まれだ。

学者たちも知っている。エリートたちも知っている。12月25日は元々、異教徒に利用され、悪魔にエネルギーを注ぐ日であった事を。昔からだ。

▼詳しくはこちらの動画をどうぞ。






サタンの礼拝組織であるイルミナティは、昔から祝祭日を改ざんしてきました。

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そうして異教徒の祭典を維持し、大衆は無知のまま彼らの伝統であるオカルト儀式に参加させられているのです。クリスマスとは異教徒が祝う悪魔の祭典であり、キリスト教の仮面を被っているだけなのです。

▼こちらの動画では、サンタクロースの正体であるサタンクロースについて説明しています。




サンタクロースは本来、赤い服ではなかった?

真っ赤な服に、白いヒゲ。こう言えば、誰もがサンタクロースを連想するでしょう。しかし、実はこれは大きな間違い。実は、サンタクロースは当初、赤い服など着ていなかったのです。元々の服の色は、はっきり言って決まっていなかったという説。

サンタクロースのモデルになった聖ニコラウス、と言う司教さんがいるのですが、彼が普段どんな衣服を着ていたかは、全く記録に残っていないのです。そのため、服の色は人や場所によってまちまち。更には、ヒゲのないサンタクロースまでいました。

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では、何故赤い服になったのでしょうか?

突然ですが、コカ・コーラという会社は知っていますよね?そう、コーラで有名な会社です。実は、あの赤い服が定番となったのは、1931年のこと。コカ・コーラが、クリスマス向けのコマーシャルポスターで、サンタにコーラを飲ませることにしました。

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その時、コカ・コーラのイメージカラーである赤い服を、サンタに着せたのです。このポスターが評判を呼び、以後、サンタの服と言えば赤が定番となったと言われています。

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サンタクロースの衣装が赤である本当の理由

サンタさんの衣装が赤いのはコカコーラの広告で、赤を着用した事がきっかけで世界の常識として定着したのだと聞いたことがあり、「なるほど!」と信じていましたが・・・実は・・・。

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これは、まことしやかに伝えられていますが、実は違うようなんです。世界中に広がったという捉え方であればある意味正解なのですが、起源は?となるとどうやら誤りと言う事になります。

以下、知恵袋「dsmqmさん」ご回答より引用

『サンタクロースのイメージは1931年にコカ・コーラ社が自社のコーポレートカラーである赤と白に合ったサンタクロースを宣伝キャラクターとして起用、画家のハッドン・サンドブロムに依頼して描かせたことで世界中に広まった』とされ、多くのメディアによってこの逸話が紹介されてきました。

しかし、コカコーラ社が宣伝に起用した1931年より17年も前の大正3年(1914年)には、既に日本の書籍である『子供之友』に於いて、赤い帽子に白い髭、白い縁取りのある赤い服を着た、現代とまったく違いのないサンタクロースの姿が鮮明に描かれていました。

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また、この時代の日本で作られていた輸出用(当時、日本は世界一のクリスマス用品生産国であった)のサンタクロース人形もこの姿であり、「コカコーラ社を起源とする逸話」は、完全な間違いであります(出典:『クリスマス〜どうやって日本に定着したか』角川書店)。

サンタクロースの赤い服はもともとカトリック教会の祭服の色に由来すると言われ(聖人『=殉教者』のための祝日には赤い司祭服を着用することになっている)、昔から画家たちもそう描いてきました。

と言う事で、コカコーラ説よりもはるか前にサンタクロースは赤を着ていたことが明らかな訳です。

以下は、『サンタクロースの服が赤い訳』より引用

こちらも是非お読みください。的確ですので大変参考になります

アメリカは南北戦争(1861〜1865)を経て、飛躍的な経済成長を遂げます。この時代に活躍した画家に、トーマス・ナスト(1840〜1902)がおりました。ナストは政治イラストレイターとして活躍する傍ら、サンタクロースの絵を描くという別の顔も持っていました。

ナストのサンタクロースは、1863年に「ハーバーズ・イラストレイテッド・マガジン」誌上に登場し、その後さまざまな雑誌に掲載されて、最終的には「トーマス・ナストのクリスマス絵画集(1890)」として、編集出版されました。そして、これ以降サンタクロースは一気に知名度を高め、雑誌広告やデパートの売り場で活躍を始めることになります。

では、ナストが描いたサンタクロースとは、どのようなものだったのでしょうか?

ナストのサンタクロースは、全身を毛皮服で包んでいます。もともと、1822年にニューヨークに住む神学者クレメント・クラーク・ムーア(1779〜1863)が、自分の子供たちのために詠んだ詩の「聖ニコラスの訪問」の中でも、サンタは毛皮の服を着ていたのです。そして、ナストのサンタクロースが着ている毛皮服には、注目すべき特徴があります。現代のサンタクロースのガウンが赤いのと同様に、ナストの毛皮服も赤っぽいという点です。

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ところで、『赤』で定着するまでは、サンタクロースは一体どのような姿だったのでしょう?

※以下も、同様に上記サイトより転写です。(あまりの完成度の高さにそのまま転写させていただきました。作者様に敬意を表します)

以下は、様々な色のコスチュームをまとったサンタクロースのポストカードです。

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 ΑΑη鬚良に、赤いガウンをまとい、手には子供たちへのプレゼントを持っています。でも、ちょっとスマート過ぎますね。足元は、どうも短靴のように見えます。

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◆ΑΑκえているツリーでよく分かりませんが、縁に毛皮のボアをあしらった、青のコスチュームですね。

_ (2)

・・・毛皮で縁取りされた、青のコスチューム。ブーツを履いているのはいいのですが、プレゼントがカゴに入っているというのは・・・、ちょっと幻滅? なんだか、「小人のおじいさん」のようにも、見えますね。

_ (3)

ぁΑΑ紫のコスチュームが、ちょっとカッコ良いかな?プレゼントが、ラッピングされているところが、見ようによっては、買い物帰りのおじいさんに、見えなくも無いですね。

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ァΑΑΔ海舛蕕蓮¬喩蕕脳紊ら下までコーディネート?左手にバスケットを持っていますが、ちゃんとプレゼントを入れる袋を、肩にかついでいますね。破れて中身が見えているのは、ご愛嬌でしょうか?

1800年代から、1900年代初頭にかけてのクリスマスカードは、サンタ情報の宝庫です。ここにも5枚を、ご紹介しましたが、私たちの知っているサンタとは、かなり違っているのではないでしょうか?

この様に、現在の赤に定着する以前は、各国、各地域によって様々なサンタ像が存在したようです。しかしその後、先述のようにナストのイラストによって『赤い衣装のサンタクロース』が定着しました。

さて、サンタクロースのモデルとなった聖ニコラスについてですが、どのような人物だったのでしょうか?現在のトルコに実在した聖ニコラスと呼ばれる司祭です。彼は、生活が苦しい人々や恵まれない子どもたちに自分の財産を投げうって、施しをしていました。そして、その死後に聖人の名を与えられる事になります。

また、様々な伝承も残っています。貧しい教区の貧しい娘に密かに持参金を恵んだという伝承から始まり、子供を誘拐し商品にする肉屋に赴き、7年間塩漬けにされていた7人の子供を助け出し、復活させたという伝承から『子供の守護聖人』という形でも崇められています。

また、教区内の貧しい家族が、貧しさ故に娘を売りに出す決意をしたその晩に、それを助けようと聖ニコラスが煙突から銀貨を投げ入れました。煙突の下の暖炉では、雪で濡れた靴下を乾かしていて、その靴下の中に銀貨が入り込みました。家族はこれで救われたのでした。そしてこの伝承こそが、クリスマスには靴下を吊るしてサンタクロースを待ち焦がれるという現代のスタイルへと引き継がれている訳です。

そして、オランダでは聖ニコラスを「ジンタクロース」と呼び、いつしかこれが訛って「サンタクロース」になったという謂れがあります。この聖ニコラスが赤い司祭服を着ていた事がどうやら起源なのでしょうね。

また、こんな記述も見つけました。「黒いサンタクロース」についてです。都市伝説の域ではありますが、非常に説得力のある論述ですので引用致します。

黒いサンタクロース

『当時は聖職者は「神聖」「高貴」「神」の色である「白色」を着ていました。つまり「白いサンタ」だったわけです。 これがキリスト教拡大の過程で中東では問題となりました。中東では「白色」は神の色であると同時に「畏れ多い色」「畏怖の対象」であったために聖職者は黒い服を着用するようになりました。同時にヨーロッパでは、「白色」は皇帝の色であるために権力に迎合しだしたキリスト教が遠慮して黒い服を着るようになります。

その後キリスト教の影響を受けて発生したイスラム教では聖職者の色は黒。「喜捨」の風習とも融合して「サンタ伝説」は瞬く間に広がり、貧しい人に施しを授ける黒服の聖人として一般化します。これが黒いサンタの誕生です。

イスラムにおける「喜捨」とは、つまり経済的に余裕のある人が貧しい人にお金又は物を与えるのは当然の行為であるという考えの事です。 その後スペインの「レコンキスタ」が完成し、イスラム教徒が追い払われると黒服の聖人の風習も廃れます。 レコンキスタ(スペイン語:Reconquista)は、718年から1492年までに行われたキリスト教国によるイベリア半島の再征服活動の総称の事です。 レコンキスタはスペイン語で「(国土の)回復」を意味し日本語においては、直訳で再征服運動、意訳では元来のニュアンスである国土回復運動とされています。

しかし16世紀になり反イスラムの感情が薄れてくると、年に一度プレゼントを交換し会う擬似的な喜捨が復活。時を同じくしてルターの宗教改革により教会にも「喜捨」の風習が復活。このとき教会は赤地に白の十字架を染め抜いた旗(サンタ・クルス)を掲げ赤い服を着て家々を回ったそうです。

なぜに赤色?と思われるかもしれませんが、この当時レコンキスタを完成させたスペイン王室の旗が赤地に黄色の紋章。このことから赤色は「正義の色」として認知されるようになったのです。

やがて「赤い服の喜捨」(サンタ・クルス)とセント・ニコラス(サンタ・ニクルス)が融合してサンタクロースの直接の語源となります。』

最後に余談ですが、常夏の島や南半球でのサンタクロースの衣装はどうなんでしょう?

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イメージ写真等で例えば、アロハを着たサンタやサーフィンをしているサンタなどみた事があります。それが浸透している姿かと思えば、どうやら間違いのようです。広告宣伝でそういう素材が使われる事はあるようですが、基本的には変わりなくあの衣装なのだそうです。

普通に北半球からやってきたからあの衣装なんだと言う事で当たり前に考えられれいるようです。子供たちも何の疑問も持っていないとの事。

ただし、子供たちに大人気のサンタは子供たちと触れ合う時、「Ho,Ho,Ho・・・」と笑いながらも、汗だくだそうです。真夏ですから・・・。

アロハサンタやサーフィンサンタが当たり前なのだと我々は勝手な思い込みをしていたようで、これは未だに日本では『チョンマゲのお侍さん』が腰に刀を差して日本橋辺りを闊歩していると思われている事と同じレベルの解釈なのでしょうね。

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因みに、このオーストラリアの真夏のサンタさん。少年の肩越しにコカ・コーラが見えて居ります事に、筆者による何ら策略はございません。

さらに余談です。皆さん、サンタクロースの故郷は『フィンランド』だって聞いた事がありませんか?でも、モデルはトルコの司祭である事が判りました。ではなぜ?

1920年代、アメリカに伝わったサンタクロースの言い伝えでは、その故郷が北極であるとされました。そして北極にほど近いフィンランドでは1880年頃に言い伝えが広がり、その故郷はフィンランドのラップランドであると考えられる様になりました。

その後1927年、フィンランド国営放送局はロシア国境近いラップランド東部にあるコルヴァトゥントゥリ(その形から耳の山と呼ばれている)をサンタクロースの正式な住居に定めた様なんです。

言わば、勝手に決めてしまったと言う事。それに伴い、1961年、フィンランド郵政省はサンタクロースの住所を "Mr.Santa Claus Joulupukin Konttori Napapiiri,96930 Rovaniemi,Finland" と定めました。形としては、勝手に決めていますが、世界中の誰もが想像を膨らませワクワクしながら認めているのですから、これはこれで夢があって楽しい事なのでしょう。

(以下略)

参照元 : サンタクロースの衣装が赤である本当の理由・知恵袋

【衝撃映像】教会で聖霊する女性がキチガイすぎると話題に

海外の教会で聖霊する女性の行動がヤバすぎる!空手のような動きをしながら発狂するクリスチャン。

カ〜メ〜ハ〜メ〜ハーッ!とドラゴンボールのモノマネをしているようにも見える。この女性の姿は、まさにカルトそのものである。

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Woman claiming to feel the holy ghost now knows karate .... FAIL, lol

Bitch be trippin ..... classic ending

VOLUME WARNING




聖霊

「精霊」とは異なります。

聖霊(せいれい、希: Άγιο Πνεύμα、羅: Spiritus Sanctus、英: Holy Spirit、日本正教会では聖神:せいしん」)は、キリスト教において、三位一体の神の位格の一つ。聖霊について論じる神学を聖霊論という。

広く「第三の位格」とも説明される一方で、「第三の」といった数え方をせずに「ペルソナ(位格)の一者「個位(のひとつ)」「神格(のひとつ)」とだけ説明される場合もある。4世紀に聖霊論を展開した聖大バシレイオス(聖大ワシリイ)は、聖霊に限らず、三位一体の各位格に言及する際に、数を伴わせることに批判的である。

本項で扱う聖霊に漢字「精霊」を当てるのは誤字(もしくは誤変換)である。

前提:共通点と相違点の存在
キリスト教内の各教派において、聖霊についての捉え方・考え方には、共通する部分と異なる部分がある。 東方教会と西方教会の間には、聖霊が「父(父なる神)からのみ発出する」とするか、それとも「父(父なる神)と子(子なる神)から発出する」とするかを相違点とするフィリオクェ問題がある。正教会の神学者ウラジーミル・ロースキイは、フィリオクェ問題を東西教会の分裂の根源的かつ唯一の教義上の原因であるとしている(なお、20世紀末以降、西方教会側で「フィリオクェ」を削除ないし再考する動きが散見される、詳細後述)。

カトリック教会とプロテスタントの間においては、聖霊に関する教理が16世紀の宗教改革において聖書を優先していくプロテスタントの中心にあったとされることがある。当時カトリック教会側においては、枢機卿ロベルト・ベラルミーノから、プロテスタントにおいて聖霊論と関係する教理である救いの確信を、プロテスタントが異端であることの最たるものとする批判があり、またカトリック司祭エドマンド・キャンピオンは、聖霊論にプロテスタントとカトリック教会との根本的な相違があると捉えていた。

このように教派ごとの相違点があり、論者によっては重要な争点と位置付けられる一方で、論者によっては、伝統的な神学では聖霊論は非常に軽視されてきた分野であると評される事もある。

本項では各節において、できる限り幅広い教派に共通する内容を先に述べ、次に各教派ごと(東方教会:正教会、西方教会:カトリック教会・聖公会・プロテスタントの順)の内容を簡潔に述べる。

神(位格・個位)

整理された教義(教理・定理)
正教会、非カルケドン派、カトリック教会、聖公会、プロテスタントにおいて、聖霊は三位一体の一つの位格(個位、神格、希: υπόστασις, 羅: persona)であると位置付けられる。

第1ニカイア公会議(第一全地公会、325年)の頃から第1コンスタンティノポリス公会議(第二全地公会、381年)の頃にかけて、こうした三位一体論の定式が(論争はこの二つの公会議が終わった後もなお続いていたが)整理されていった。

▼西方教会でよく使われる『三位一体の盾』の図式。三位一体を図式化するのには様々なバリエーションがある。

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「異端」とされた考え
本節では、いわゆる正統派から否定される諸説を概観する。「三位一体そのものを説明するよりも、三位一体でないもの(異端の教え)を説明し、それを否定する方がより正確」とされることがある。

三神論(聖霊は「三つの神のうちの一つ」)
いわゆる正統派によれば、聖霊は神であるが、父なる神・子なる神・聖霊は、三つの神ではないとされ、三位格は三神ではないとされる(なお、こうした「異端」が歴史上まとまった形で出現したことはないともされるが、幾つかの事例につき「三重の神性」への傾斜として批判的に指摘されることはある)。

聖霊は一様式(mode)もしくは「一つの『役』」
「子なる神、聖霊は、時代によって神が自分を表す様式(mode)を変えていったもの」「一つの『役』のようなもの」と主張する考えは、様態論的モナルキア主義(英語: modalistic monarchianism)と呼ばれ、いわゆる正統派から否定される。

聖霊の神性は比較的劣っている
聖霊の神性は認めるものの、父なる神(神父:かみちち)、子なる神(神子:かみこ、イエス・キリスト)よりも劣った存在であるとする主張である。この主張を聖霊について採るアリウス派は、子なる神も父なる神より劣ったものとした。アリウス派は第1コンスタンティノポリス公会議でいわゆる正統派から異端とされたが、聖霊の神性が比較的劣っているという教説も併せて否定されている。

聖霊は神ではない
聖霊の神性を否定した人々は「反聖霊論者(英語版)」(ギリシア語: Πνευματομάχοι)、もしくは主唱者であったコンスタンディヌーポリ総主教の名から「マケドニオス主義者」と呼ばれる[34][35]、第1コンスタンティノポリス公会議でいわゆる正統派から異端とされた。


^ 聖大バシレイオス(聖大ワシリイ)は、「第一に、第二に、第三に」「一つには…、二つには…、三つには…」といった数え方・言及の仕方を三位一体に適用することに批判的である。彼はその根拠として、マタイによる福音書28章19節を挙げ、そこでイエス・キリストが「父と子と聖霊」を述べる際に数を伴わせていない事を挙げている。

^ 希: Άγιο Πνεύμαは「聖なるプネウマ(霊)」、英: Holy Spiritも聖なるスピリット(霊)」であって、「精」の字(「精霊」)は教会で使われないのみならず、語義的にも不適切である。

^ (hypostasis):古典ギリシア語再建音からはヒュポスタシス、現代ギリシア語からはイポスタシスと転写し得る。

^ 転写:ペルソナ

^ (Pneumatomachoi):古典ギリシア語再建音からはプネウマトマホイ、現代ギリシア語からはプネヴマトマヒと転写し得る。

(以下略)

参照元 : wiki/聖霊

バチカン元神学者「カトリック聖職者の半数以上はゲイである」

「カトリック聖職者の半数以上はゲイだ」バチカンの元関係者が発言

2015/10/8

バチカンで働いていた神学者が「バチカンの聖職者の半数以上はゲイである」と話した
 
バチカンで働いていた神学者であるDavid Berger氏は、カトリック教会で働いている聖職者の半数以上はゲイであると話した。彼自身もゲイであることをオープンにしている。更に、彼はバチカンにゲイの聖職者がいることでカトリック教会はうまく回っているのだと発言した。

バチカンにゲイの聖職者が多い理由

彼の話によると、バチカンはゲイの聖職者の数が他と比べても多いという。教会がゲイの人たちのセクシュアリティを利用して罪悪感を抱かせ、よりよい聖職者になるよう促すのだ。

「罪悪感を持った多くのゲイ男性がいることは強みでもあるのだ。彼らは賢くなろう、法王に対して忠誠を誓おう、一生懸命に働こうと特に努力している」とBerger氏はドイツ雑誌Sternのインタビューで語っている。

「だから彼らは、バチカンに来て努力を重ね、キャリアを積んでいく最大のチャンスを持っているともいえる。」

「そこにはゲイの人たちがお互い協力しながら助け合うネットワークもあるんだ。」

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ゲイであることはキャリアの形成に役立つ

Berger氏はバチカンにあるローマ法王庁聖トマス・アクィナス・アカデミーで働いていたが、ゲイであることをカミングアウトした際、退職を迫られた。

しかし、彼はゲイであることはさらなるキャリアを目指すうえで役に立つと話す。彼によると、バチカンでは「ゲイであることは重要な権力装置」であり、カミングアウトした聖職者は「究極の脅威」であるとみなされるというのだ。

「権力者にはあなた(ゲイの聖職者たち)を抑える方法を何一つ持っていない。それは全ての予測を超えた大惨事なのだ」

カトリック教会と同性愛の最近の動き

9月下旬にはローマ法王がアメリカを訪問し、家族や個人の信仰の自由、同性婚などについても話されたが、カトリック教会としては依然として同性愛に否定的な姿勢を見せていた。

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今月3日には、バチカンの高位司祭であったポーランド人のCharamsa氏がゲイであり、男性と交際していることを告白して解雇された。今回のBerger氏の主張は、そうした教会の同性愛に反対する立場をめぐっての高い緊張感の中でなされたものである。

また、今月6日にはバチカンが「ゲイを治す」ための治療に資金提供していることが、サルデニア人で元聖職者のMario Bonfanti氏によって語られた。彼もまたセクシュアリティが原因で教会から追放されていた。

ゲイの聖職者の存在が徐々に取り上げられていく中で、同性愛を嫌悪してきたカトリック教会は今後どのように対応していくのだろうか。

画像出典:Pink News

参照元 : Letibee Life


【神道の闇】天皇一族は悪魔崇拝者 神道=日本版キリスト教・ユダヤ教

神道は悪魔崇拝宗教・キリスト教・ユダヤ教のパクリに過ぎない

666でお馴染みのルシファーですが、その妻がリリト。

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ローマ人はフクロウをストリクスといって、それは魔女を意味した。レオナルド・ダビンチは、「聖母マリア」と、「マグダナのマリア」と「サタンであるルシファー」の妻「リリト」は同一人物だということを絵に表現している。

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キリスト教の流れを見れば分かるように悪魔崇拝そのものである。

アフラ・マズダザラスシュトラ → そこからミトラ教が生まれる → ミトラ教をそっくりそのままコピーして、ヘリオスイエス・キリストが、マリと手を組んでキリスト教を立ち上げる。そしてそれがローマカトリックの流れと繋がり、そして一方でフリーメイソン、イルミナティの流れへと伝わっていったわけです。

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イエス・キリストは悪魔に祝福されたのです。

フリーメイソンのマークはコンパスと定規ですが、イルミナティのシンボルマークは、悪魔・魔女の象徴であるフクロウ。

▼フリーメイソンのマーク
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▼イルミナティのシンボルマーク
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▼詳しい内容は、はやしひろし氏が解説した動画を観て下さい。

動画4分15秒〜








天皇がどこからどう見ても悪魔崇拝者であるという証拠

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昨日は「田布施システム」が何であるのかを説明し、明治維新のときから実はこの日本が金融ユダヤと朝鮮人によって支配されているという話をしました。その記事が以下になります。

○日本が朝鮮人に支配されているという証拠。「田布施システム」こそが朝鮮人と金融ユダヤによる日本支配の始まり。

で、このようなことを書くと、必ずといっていいほど「朝鮮人を悪く言うな」「天皇を悪く言うな」というコメントをしてくる人が出てくるわけですが、今回もまたご多分に漏れず、そういう人が何人か現れました。

はっきりと言いますが、私は別に朝鮮人のことを悪く言っているわけではありません。朝鮮人が自らを朝鮮人だと名乗らず、日本人の振りをしてこの日本を支配しているという現実に物申しているわけです。

それでは、私の書いた記事に批判をする朝鮮人に聞きます。あなたは自分の住んでいる国が実は日本人に乗っ取られていて、これまでの歴代大統領も、自分の国のマスコミのトップも、テレビにでてくる芸能人も、すべてが実は朝鮮人を名乗る日本人だったとしたらどうしますか。

しかも、自国で暴れ回っているヤクザみたいな連中、ネットで愛国者を名乗っている連中まで、すべて日本人だったらどうしますか。そいつらがいつも自分の国の中で悪いことばかりして、自分たちを怖がらせ、嫌がらせしていると知ったらどうしますか。

それこそ朝鮮人はすぐに怒り狂い、泣きわめくのではないですか。「この世の中はおかしい、この世の中は狂っている」と言って。日本人はまだ「田布施システム」なんてものの存在を知っても、怒り狂って泣き叫ぶようなことはしないでしょうが、朝鮮人ならその多くが間違いなくそうするでしょう。

あと、ついさっき私のことを「お前こそ朝鮮人だろう」と言ってきた人がいましたが、何を根拠にそんなことを言うんでしょうね。朝鮮人が朝鮮人支配を嫌がるわけがないでしょうが。むしろ、こういう記事にイチャモンをつけたがるあなたこそ朝鮮人でしょうが。

とりあえず、その人のIPアドレスを晒しておきます。

投稿者: Amblue (IP: 119.150.151.231 , 231.151.150.119.ap.yournet.ne.jp)
メール: ambluemcout@hotmail.com

またしても、IPアドレスが二つありますね。プロキシ経由ですか。だとしたら、裏社会の人である疑いが濃厚ですね。外国人スパイですかね。それともヤクザですか。ネトウヨですか。

とにかく、こういう人は無視して、昨日の話の続きをします。

昨日は「田布施システム」についてざっと簡単に説明しましたが、この「田布施システム」には幾つかの謎があります。

先ず、なぜ山口と鹿児島の二つの遠く離れた県に「田布施」という同じ地名の町があるのか。もちろん、日本には同じ地名の町がいくらでも存在しています。例えば「新宿」も「渋谷」なんかも、東京だけにある地名ではありません。

しかし、全く同じ名前の町が、なぜか金融ユダヤに目をつけられ、同盟を組まされ、江戸幕府を倒すように唆されました。そして、二つの「田布施町」の町民たちもなぜかすぐに意気投合し、金融ユダヤの指示に従い、江戸幕府倒幕および天皇すり替えという大胆きわまりないクーデターを起こした。

これはつまり、この二つの「田布施町」がたまたま同じ地名だったということではなく、最初から何らかの関連性があったということです。

となると、もともと同じ起源を持った人々がこの二つの「田布施町」に住んでいたと考えられるわけですが、だからこそ二つの「田布施」には南朝系の皇族の生き残りがいた、天皇にすり替えられた「大室寅之祐」も南朝系の皇族だった、なんて話が出てくるわけでしょう。

もっとも、南北朝時代が終わってからはもう既に北朝も南朝もなくなった、というのが世間一般の定説とはされていますが、明治天皇がやたらと北朝を嫌い、北朝に関する全ての伝統や文化を遺棄したものですから、今の天皇家は南朝系ではないかと噂されているわけです。

確かに「大室寅之祐」が南朝系の皇族の末裔だったという説にはそれなりに信憑性があります。実際、山口県の田布施町には驚くほど数多くの神社があり、神道と強い結びつきがあることが分かります。

○神社検索で探してみましょう。山口県熊毛郡田布施町の神社

このリンクを見てもお分かりの通り、山口県の田布施町にはざっと数えて18もの神社があります。しかし、この田布施町は人口わずか16000人の小さな町です。そんな小さな町に、これだけの数の神社があるということは、この「田布施町」が神道と何らかの強い縁があるという証左に他なりません。

で、この神道なのですが……。ご存知の方も多いと思いますが、ユダヤ教の教典である旧約聖書とかなり多くの共通点があります。

もしや神道とはユダヤ教そのものではないかと言う人までいるぐらいです。私もその可能性は捨てきれないと思います。というか、神道はやはりユダヤ教そのものでしょう。詳しくは以下のサイトをご参照くだい。

○日ユ同祖論 – Wikipedia

○ユダヤと日本の共通点 謎の古代史 M君

このようにユダヤ教の流れを汲む神道の風習が、「田布施町」には色濃く残っていた。ここに金融ユダヤが「田布施町」に目をつけた理由があるのでしょう。自分たちの同類を見付けたと思って、彼らを自分たちの傀儡として使うに相応しいと思ったのではないでしょうか。

しかし、ここで一つの疑問が生じます。金融ユダヤどもは本物のユダヤ教を信じているわけではなく、あくまで悪魔教を信じています。なので、もし「田布施町」にユダヤ教(神道)の名残りが残されていたとしても、金融ユダヤとは相容れないのではないかと。

いいえ。そんなことはありません。

先日、私もこのブログで「日ユ同祖論」について論じました。その記事の中で、例えこの日本にユダヤ人が紛れ込んだとしても、そのユダヤ人が本物のユダヤ教徒であるとは限らない、むしろ悪魔崇拝者が混じっている可能性が高いと書きました。(その記事が以下のリンクです。)

○「日ユ同祖論」は疑うまでもない事実です。だからといって、日本人が偉いとも悪いとも言えません。

したがって、日本に代々伝わる神道がもともとはユダヤ教そのものであったとしても、悪魔崇拝者たちによって途中からじわじわと悪魔教の要素を混入されていった可能性は十分にあります。何しろ悪魔崇拝者どもは、宗教の内部に入り込んで、それを破壊することが得意ですから。

それに何より、天皇という「人間」を「神」とすること自体、ユダヤ教の教理からは大きくかけ離れた行為です。これは「人間」を偶像とし、偶像を拝むという行為に他なりません。つまり、聖書の中で厳しく禁じられている「偶像礼拝」そのものです。

神道の中には、偶像を作って拝むものが沢山あります。「御神体」などと言って、剣やら石やらを拝ませたりします。神道の中に、明らかに悪魔崇拝の要素が混じっているのです。

その一方で、偶像を作らず、偶像を拝まない神道もあるようです。もしかしたら、こちらは本物のユダヤ教の流れを汲んだ神道なのかも知れません。

いずれにせよ、かつての日本では神道なる宗教が大きく普及した。で、多くの日本人がこの神道を信じるようになったとき、悪魔崇拝者たちは「天皇」なる「神」をでっち上げ、これを民衆に拝ませることで日本支配を確立していった……ということかも知れません。神の言うことだから反抗するな、というわけです。昔の民衆なら、それに反抗することもできなかったでしょう。

したがって、古代から伝わる天皇家もまた実は悪魔崇拝者であった可能性が捨てきれないのです。だからこそ、金融ユダヤどもと「田布施町」の人たちが意気投合したのではないかと考えられるわけです。

いいえ。仮に百歩譲って、この当時の「田布施町」に伝わる神道に、悪魔崇拝の影も形もなかったとしても、ただその伝統と形式が残っていただけだったとしても、金融ユダヤと手を組んだ時点で「田布施町」の人々はもう悪魔崇拝者の仲間入りです。

で、その後、形骸化していた「皇族神道」に金融ユダヤどもが再び悪魔教の要素をどんどん注入していったということかも知れません。実際に、現在の天皇家には悪魔のシンボルが充ち満ちています。その証拠が以下のリンクです。

○天皇家は悪魔の象徴(シンボル)に満ちている。

○天皇家が悪魔崇拝に関わっているとしか思えない幾つかの理由。

さらなる極めつけとして、この「田布施町」出身の方々は、次から次へと政財界の大物たちと政略結婚をしています。天皇家もまた、神道とは全く関係のない人たちとあっさりと血縁関係を結んでいます。この時点で、天皇家が本物の神道とは全く関係ない人たちだということが分かります。

○天皇家という闇。日本赤十字社という闇。田布施システムという闇。悪魔崇拝者という闇。

ただし、私としては、最初に金融ユダヤの傀儡として立てられた「大室寅之祐」は、もともと余り悪魔崇拝に余り関心を持っていなかったのではないかという気がします。ただ、金融ユダヤの傀儡となって、天皇という地位をもらうために、やむなく悪魔崇拝に関わっていったのではないかという気がします。

これは現代のミュージシャンや俳優たちが、自らの名前を売り出してもらうためにイルミナティに所属し、悪魔崇拝に関係していくのと同じようなものです。

実際、この「大室寅之祐」なる「明治天皇」はイギリスからガーター勲章なるものを授与されたのですが、彼はこのガーター勲章を授与することを嫌がり、拒否権を発動したと言われています。

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〈ガーター勲章〉

このガーター勲章は、ガーター騎士団と呼ばれる集団から授与されるものですが、このガーター騎士団は紛れもなく悪魔崇拝者どもの集団です。

悪魔崇拝者たちはキリスト教カトリックの中に入りこみ、キリスト教を内部から破壊し、テンプル騎士団、マルタ騎士団、ガーター騎士団などといった、怪しげな武装集団を次から次へと作っていきました。

世間一般のクリスチャンたちは、このようなキリスト教武装集団を見ていつも頭を悩ませています。聖書の中でははっきりと戦争を禁じられているのに、なぜキリスト教徒たちがあんなに正々堂々と武装集団を作っているのだろうか、と。

その答えは簡単です。彼らはキリスト教徒ではなく、悪魔教徒だからです。詳しくは以下のリンクをご参照ください。

○キリスト教は悪魔崇拝者によって内部から破壊された。その歴史の詳細について。


○過去の全ての宗教戦争は悪魔崇拝者が起こしたものです。現在のすべての戦争が金融ユダヤによって引き起こされているのと同じことです。

このように明治天皇が、ガーター勲章の受け取りを嫌がったということは、彼が悪魔教と関わりを持ちたくなかったという証拠かも知れません。

とはいえ、一応、この明治天皇はこのガーター勲章なるものを受け取り、ガーター騎士団のメンバーとなりました。まあ、断れるわけがありません。(上の画像がその授賞式の様子。)

その後継者である大正天皇も同じくこのガーター勲章を特に嫌がることなく受け取り、昭和天皇は大喜びで受け取ったとのこと。

で、現在の平成天皇もまたこのガーター勲章を受け取り、ガーター騎士団のメンバーとなっています。

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ちなみに、かの悪魔崇拝者エリザベス女王とブッシュも誇らしげにガーター勲章をつけて嬉しそうに笑顔で写真に写っています。

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エリザベス女王が悪魔崇拝をしているということはこのブログで何度も書いてきましたが、初めてこのブログに来られた方のために、一応、その証拠となる記事のリンクを以下に貼っておきます。

○悪魔崇拝はあるのか? エリザベス女王とローマ法王による5万人の幼児虐殺事件について。

また、マルタ騎士団政庁が公式に発行したとされる「昭和天皇御誕生100周年記念金貨」なんてものもあります。正々堂々、天皇が「おれは悪魔崇拝者だ」と名乗り出ているわけですが、この頃はまだネットもまだ余り普及していなかった時代ですし、「誰にもそんなことは分からない」とでも思っていたのでしょうか。

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このように、どの角度からどう見てみても、天皇家は悪魔崇拝と何らかの関わりがあります。「田布施システム」を主張する人の中にも、明治天皇は悪だったけど、昭和天皇は正しい人、平成天皇は正しい人、なんていう人がいますが、そんなことは絶対にあり得ません。そう思う人は、もう一度、以下のリンク記事を読んでみてください。

○天皇家は悪魔の象徴(シンボル)に満ちている。

○天皇家が悪魔崇拝に関わっているとしか思えない幾つかの理由。

○天皇家という闇。日本赤十字社という闇。田布施システムという闇。悪魔崇拝者という闇。

こうして見て見ると、この日本はもはやアメリカの焼き写しに過ぎないということが分かります。アメリカとほぼ同じことが日本の中でも起きているのです。悪魔崇拝者である移民たちがよそからやってきて、自分たちの仲間を増やしながら、その国を支配しているのですから。

参照元 : RAPTブログ


キリスト教が悪魔崇拝、太陽信仰だということが、よく分かる動画。

ローマカトリック、古代バビロンの異教のシンボルを比較、世界の大聖堂、彫刻、その教--え、習慣はどこから来たかを考える。

プレゼンター:ジェームズ・アラビート

写真家。預言と特に安息日の研究に詳しい。世界各国を回り、研究資料をフィルムに収め-た。1990年9月2日、リサーチのために行ったアラスカ旅行からの帰路、飛行機事故-に遭い、同行した息子二人、ニュージーランドからの宣教師、そしてパイロットを含む全-員が命を落とした。その後、彼が残した多くの写真やフィルムは、彼の妻をはじめとする-LLTのチームによってプロジェクトが受け継がれた。LLTによるビデオプログラム、-ドキュメンタリー、印刷物は世界中のあらゆる信仰、宗教の人々に真理の光を照らし、感-銘を与えている。



天皇財閥の血液ビジネス。日本赤十字社。




悪の三位一体

・太陽信仰
・偶像崇拝
・ルシファー召喚

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太陽神(たいようしん)は、 太陽を信仰の対象とみなし神格化したもの。

概要
古代より世界各地で太陽は崇められ、崇拝と伝承は信仰を形成した。とりわけ「太陽の消失」にまつわる神話は世界中に散在し、多くの場合太陽神が月神と敵対したことが原因となっている。

日本の太陽神と言えば天照大御神であり、神話にも月夜見尊(ツクヨミ)が出てくるが、太陽が隠れた原因は天岩戸が原因になっている。スーパーボルケーノ(鬼界カルデラ大噴火)で発生した火山灰(天岩戸)による太陽光の遮断を表していると考えられる。日本の太陽信仰はここから始まった。その他に日食や雨雲の説もあるが、日食は数十年に一回はあり、数分で終わるので天岩戸候補としては考えにい。また雲による日光長期消失の可能性もある。

太陽神といえばギリシア神話やエジプト神話に登場する男神が想像されるが、ブライアン・ブランストンを始めとする神話学者の中には、太陽神は男神よりも女神の方が主流であると論ずる向きがある。男神がギリシア神話やエジプト神話などの著名な神話に登場することが原因となり、太陽神=男神という解釈が生まれたというのである。

「太陽=男=光」と「月=女=闇」の二元性は、オルペウス教やグノーシス主義の思想を源とするヨーロッパ地方の説話に少なからず見受けられるが、例外として、太陽が女神で月が男神となっている北欧神話、バルト神話の存在は注目に値するものである。日本神話の天照大神も太陽神・女神であるが、対をなす月神の月読命は性別が明らかでない(一般には男神)。

太陽崇拝は、単一神教から始まり唯一神教に終わるとされる。古代エジプト第18王朝のアメンホテプ4世(アクエンアテン)は、伝統的な太陽神アメンを中心とした多神崇拝を廃止し古の太陽神アテンの一神崇拝を行った。

太陽神の乗り物としては、古代エジプトにおいては空を海に見立てた「太陽の舟」(ラーやホルス)や、インド・ヨーロッパ語族圏では空を大地に見立てた「日輪の戦車」(ローマ神話のソル、『リグ・ヴェーダ』のスーリヤ、ギリシア神話のヘーリオス)がある。メソポタミア神話のシャマシュは、青銅器時代の間、重要な役割を果たす。南アメリカにはインカ神話のインティを代表とする強い太陽崇拝があった。

太陽の消失
「太陽の消失」は、世界の太陽神話共通のテーマとなっている。夜になると太陽が姿を消すこと(エジプト神話)、冬になると日照時間が短くなること、日食(日本・北欧神話)などといった、太陽にまつわる自然現象を説明するのに一役買っている。


日本神話では、スサノオの横暴に怒った天照大神(あまてらすおおみかみ)が天岩戸(あまのいわと)に篭ってしまい、世界が暗闇になってしまう。天岩戸の神隠れで有名であり、日本の太陽信仰(天照大御神信仰)はBC5300年の鬼界カルデラ大噴火に起因すると考える説も存在する。

天照大神が隠れ、世界が真っ暗になった天岩戸神話を鬼界カルデラ大噴火の火山灰の雲による大災害と見る説もあり、日本独自の神話である。 エジプト神話では、毎晩ラーは冥界ドゥアトを通り抜けていた。そこでアポピスは、ラーと彼の太陽の舟が毎朝東に現れるようにした。

北欧神話では魔狼フェンリルの眷属であるスコルが太陽に、ハティが月に追いつき一時食らいつく事で日食・月食となる。最終的にラグナロクにおいてはどちらも完全に飲まれる事になる。

中国の神話
他の多くの文化と異なり、中国では太陽や月を神格化して崇拝することはない。その尤もな理由としては、月を陰、太陽を陽とみなす、中国の文化における道教と易経の強い影響力にあると思われる。詳しくは陰陽思想を参照されたい。

中国神話によると、初め10の太陽が天にあった。世界が非常に熱かったので、大地には何も生えなかった。そこで、后羿(こうげい)という弓の達人が9つの太陽を射落とし、現在に至るという。別の伝承では、日蝕は天の狼が太陽を食べることで引き起こされるとされ、日蝕の間、鍋や釜を叩いてこの「狼」を追い払う習慣が中国にあった。

主な世界の太陽神
インカ神話 - インティ
アステカ神話 - ナナウツィン
エジプト神話 - アテン、アトゥム、アメン、ケプリ、ホルス、ラー、ハトホル
ギリシア神話 - アポローン、ヒュペリーオーン、ヘーリオス
ケルト神話 - ベレヌス、ルー
中国神話 - 義和、火烏、燭陰、太陽星君、東君
日本神話 - 天照大神、天道、天火明命、アメノホヒ
アイヌ神話 -トカプチュプカムイ
ペルシア神話 - フワル・フシャエータ、ミスラ
北欧神話(ゲルマン神話) - ソール
リトアニア神話 - サウレー
メソポタミア神話 - シャマシュ
ヴェーダ神話 - アリヤマン、アンシャ、インドラ、ヴィヴァスヴァット、ダータル、ダクシャ、バガ、マールターンダ、ミトラ、サヴィトリ、プーシャン、ヴィシュヌ、アーディティヤ、スーリヤ、ヴィローチャナ
ローマ神話 - アポロ、ソル、ヘリオガバルス
ヒンドゥー教神話 - ヴィシュヌ、スーリヤ、サヴィトリ
仏教 - 大日如来、日天、日光菩薩
オセアニア神話 - ランギ、カネ・ヘキリ、タマ・ヌイ=テ=ラ
スラブ神話 - ダジボーグ、ベロボーグ
フェニキア神話 - バアル・シャモン、シャプシュ
ヒッタイト神話 - アリンナ
メキシコ神話(マヤ・アステカ) - ウィツィロポチトリ、ケツァルコアトル、トナティウ、キニチ・カクモ、キニチ・アハウ、イツァムナー
モンゴル神話 - ナラン、マンザン・グルメ
エスキモー・イヌイット神話 - マリナ
中南米の神話 - パグ・アベ
ブードゥー教 - レグバ
インディアンの神話 - ツォハノアイ、ナトス

wiki/太陽神

▼天照皇大神(春斎年昌画、明治20年(1887年))
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▼アテンを崇拝するファラオアメンホテプ4世と彼の家族
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▼エジプト神話の太陽神ラー
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▼ギリシア神話の太陽神ヘーリオス
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天皇家のシンボルマークは菊の紋章ではない。あれは太陽をイメージしたもの。聖書は旧約も新約もそれ以前の宗教や哲学を編纂した物。キリストは紛れもなく太陽神です。太陽信仰 = 悪魔崇拝



▼古代エジプトの遺跡やイスラエルの各地で見つかった天皇のマーク。

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八咫烏(ヤタガラス)という日本神話にも登場するカラス

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八咫烏(やたがらす)は、日本神話において、神武東征の際に、高皇産霊尊によって神武天皇のもとに遣わされ、熊野国から大和国への道案内をしたとされるカラス(烏)である。

▼サッカー日本代表のマークにもなっている八咫烏は、足が三本ある。

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▼1931年、日本サッカー協会は、ヤタガラスを協会のシンボルとしました。

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これは化け物か?私は、カラス=悪魔の使いとしか思えないので、このデザインは気味が悪い。カラスは悪魔や魔女の使い(使い魔)や化身のように、悪や不吉の象徴として描かれることが多い。因みに、フクロウも魔女や悪魔の象徴である。

ヤタガラスは太陽を象徴し、熊野の神の使いとされる
和歌山県の熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)では3本足のヤタガラスが神の使いとして境内の随所で見つけることができます。

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太陽信仰とも関係がある
東から太陽が昇り西に沈むのは、太陽の中で八咫烏が飛び続け、太陽を運んでいるからとか、三本足の烏は太陽の化身だとか、太陽に住んでいるとする神話もあるそうです。烏を太陽の化身として信仰する国は多く、太陽の黒点はカラスだという考えられていたそうです。

太陽信仰 = 悪魔崇拝

大和に向かおうとしましたが、大和の豪族のナガスネビコの迎撃にあい、イツセノミコトが矢傷を負い、撤退

神武東征、ヤタガラスの導き:熊野の説話
最短ルート(東)で大和へ行こうとしましたが、豪族の長の長髄彦(ながすねひこ)らの激しい抵抗にあい、さらに総大将である神武天皇の兄の五瀬命が負傷したことで撤退。失敗に終わります。

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日の神の子が太陽の昇る東に向かうのは良くないと考え南から北上するルートに進路変更。

神武はこの敗戦を、太陽女神アマテラスの子孫であるにもかかわらず太陽に向かって戦ったためと考え、紀伊半島を南に迂回して熊野から北上して大和に侵入することを目指します。

失敗した理由を「日の神の子が太陽の昇る東に向かったから」と考え、南にある熊野国から北上するルートに進路変更しました。

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熊野の山中で道に迷った神武天皇の軍勢。天から八咫烏を遣わされる。

参照元 : NAVERまとめ

伊勢神宮の「内宮」「外宮」「伊雑宮」の配置はオリオン座の三ツ星を鏡像反転したもの

オリオン座の三ツ星とは

オシリス = (バール=サタン)
妻イシス = (アシュトラ=バケモノ)
子ホルス = (太陽)

※ 伊雑宮の裏社紋は六芒星、伊勢神宮の参道云々…
※ 六芒星 = シリウス(ルシファー)

という解釈で行けば神道は悪魔崇拝って事にはなる。偶像崇拝なんてのは語るまでも無いが

現実逃避した人達の特徴

・教科書学問しか信じません
・陰謀論はダメ → 考えようとしない
・歴史、文化、伝統で片付けようとする
・疑わない
・自分に身近なものは優れているという心理的バイアス
・全てにおいて偶然だ
・単に認めたくない
・それを認めると都合が悪い
・深く考えたくない、直視したくない
・多数派が正しくて少数派は間違いだ

そういう姿勢は、ほんと都合のいい民衆そのものである。


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歴史研究家マイケル・パウルコビッチ「イエス・キリストは伝説上の人物であり実在しなかった」

イエス・キリストは「都市伝説」 実在の人物ではない

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歴史研究家マイケル・パウルコビッチ氏は、イエス・キリスト(ナザレのイエス)は伝説上の人物であり実在しなかったと主張している。

パウルコビッチ氏は、1〜3世紀の歴史文書126件を調べた。しかし、イエスに関する明確な言及は見つからなかった。唯一イエスに言及している文書はローマの歴史家ヨセフ・フラビウスによるものだが、これは後に編者が付け加えたものと考えられるという。

「ナザレのイエスは都市伝説に過ぎません。実在した複数の宗教家を寄せ集めたような人物です」 

聖書の著者の一人であるパウロでさえ、実在の人物としてのイエスにはまったく言及していないとパウルコビッチ氏は指摘している。




'Jesus NEVER existed': Writer finds no mention of Christ in 126 historical texts and says he was a 'mythical character'

09:59 GMT, 1 October 2014

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Historical researcher Michael Paulkovich has claimed that Jesus of Nazareth was a ‘mythical character’ and never existed.
The controversial discovery was apparently made after he found no verifiable mention of Christ from 126 writers during the ‘time of Jesus’ from the first to third centuries.
He says he is a fictional character invented by followers of Christianity to create a figure to worship.

Writer Micheal Paulkovich has claimed that there is a little evidence for a person known as Jesus existing in history (painting of The Last Supper pictured). Jesus is thought by most historians to have lived from about 7BC to 33AD in Judea in the Roman Empire
The claims were made in an article for Free Inquiry called The Fable of the Christ and a book called No Meek Messiah.
In the article and book, Paulkovich says he found an absence of evidence for Jesus in historical texts.
And he says this is surprising despite his ‘global miracles and alleged worldwide fame.’ 

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The 126 texts Paulkovich studied (shown here) were all written in the period during or soon after the supposed existence of Jesus, when Paulkovich says they would surely have heard of someone as famous as Jesus - but none mention him, leading the writer to conclude he is a 'mythical character' invented later

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Paulkovich says he found little to no mention of the supposed messiah in 126 texts written in the first to third centuries. Only one mention of Jesus was present, in a book by Roman historian Josephus Flavius, but he says this was added by later editors. Pictured is the statue of Christ the Redeemer in Rio de Janeiro, Brazil
He also says that silence from Jesus himself is telling, with no personal accounts being written.
‘Perhaps the most bewildering "silent one" is the mythical super-savior himself, Jesus the Son of God ostensibly sent on a suicide mission to save us from the childish notion of "Adam's Transgression" as we learn from Romans,’ he says.
‘The Jesus character is a phantom of a wisp of a personage who never wrote anything. So, add one more: 127.’
He continues: ‘Christian father Marcion of Pontus in 144 CE denied any virgin birth or childhood for Christ - Jesus' infant circumcision was thus a lie, as well as the crucifixion!
‘Reading the works of second century Christian father Athenagoras, one never encounters the word Jesus (or Ἰησοῦς or Ἰησοῦν, as he would have written) - Athenagoras was thus unacquainted with the name of his savior it would seem.’
And he claims even the book of Mark in the Bible, which contains the story of Christ’s resurrection, was doctored later on.
‘The original booklet given the name "Mark" ended at 16:8, later forgers adding the fanciful resurrection tale,’ he says.
‘Millions should have heard of the Jesus "crucifixion" with its astral enchantments: zombie armies and meteorological marvels recorded not by any historian, but only in the dubitable scriptures scribbled decades later by superstitious yokels.’ 
Paulkovich’s views will surely prove very controversial, as most scholars do not support the theory that Jesus never existed.
Most agree that he was a Galilean Jew born between 7 to 4 BC and who died in 30 to 36 AD.
It is also widely agreed that he was baptised by John the Baptist and crucified on the order of the Roman Prefect Pontius Pilate.

Paulkovich’s views will prove very controversial, as most scholars do not support the theory. Most agree that he was a Galilean Jew born between 7 to 4 BC and who died in 30 to 36 AD. It is also widely agreed that he was baptised by John the Baptist and crucified (illustrated) on the order of the Roman Prefect Pontius Pilate

参照元 : mail online



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