為替や株価が「理論通りに動かない…」と嘆く人に伝えたいこと

2018/4/19(木) 11:00配信

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「7割当たる人」など存在しない
最近、講演会などで話をした後に、個々の聴衆の方からいろいろな質問を個別に受けることが多いが、その中でも割と多いのが、「いろんな商品に投資しているが、誰の予想がよく当たりますか? というものだ。

この質問に対して、まず筆者は、『「よく当たる」というのは、どの程度の確率で当たることを意味しているのですか? と逆に質問させていただく(質問に対して質問を返すのはよくないことだが)。

そうすると、大体の方が、「7割くらい当たる人」と答えるのだが、筆者はこれをうけて、「予想が7割方当たる人は世の中には存在しないと思います。万が一、存在している場合には、他人にその予想を伝えることはなく、自分ひとりでかなり儲けているのだと思いますよ」と答えるようにしている。

それだけでは役に立つ情報にはならないので、

(1)かなり良く当たる人でもせいぜい6割くらいの的中率ではないか、
(2)自分で、自分の予想が当たると言っている人は、その基準が甘いことが多いので実際は全く当てにならない、
(3)よく、メディアに「○○危機をずばり的中させた」という触れ込みで登場する評論家がいるが、ほとんどすべてのケースで「見かけ倒し」で次は大外れするので逆に要注意である、

というような話をする。

結局、投資判断をするにあたって、誰かの予想を鵜呑みにすると酷い目にあうことがほとんどなので、様々な材料を集めて自分自身で判断するか、それができない場合には、多少の割り増し手数料を支払って、プロに運用を任せるのがいいのではないかということになる。

だが、それでも、投資判断をするにあたって有用な情報を得られる方法はないのかと食い下がる方は割と多くいらっしゃる。そこで、それに対しては、

(4)その評論家ないしアナリストにどの程度の投資経験があるのかを聞いてみる。もし、投資経験がほとんどないのであれば、その評論家の能力はかなり割り引いて考えるべきではないか、
(5)特にマーケット関係の予想では、「かなりの高確率で当たる人」は存在しないが、「かなりの高確率で外れる人」は意外とたくさんいるので、新聞や雑誌などでそういう「はずれ屋(曲り屋、ないしは逆神ともいう)」を探すほうが生産的ではないか、
(6)それでも、儲かる方法をいとも簡単に、ただ同然で教える人は普通はいないはずなので、やはり自分で考えることが重要ではないか、

という話をすると、ようやく満足気な表情をされる。

資産価格は「べき乗分布」に従う
ファイナンスの理論では、株価や為替レートなどの「資産価格」は「ランダムウォーク」であるといわれてきた。

「ランダムウォーク」は「酔歩」と訳されることが多いが、まさによっぱらいがふらふら歩くがごとく、方向感がなく、従って、予測不可能な状況であることを意味する。ただ、最近の議論では、投資家にとっては「ランダムウォーク」よりもたちの悪い「べき乗分布」に従うという話もされている。

「べき乗分布」とは、簡単にいえば、平均的な状況から大きくはずれた状況がかなり多く存在することを意味する。マーケットでいえば、かつては、「1000年に一度」程度しか発生しないといわれていた大暴落が、割と高頻度に発生するような状況を指す。

例えば、世界の様々なマーケットをみると、1987年10月の「ブラックマンデー」以降、5年から7年に1回程度の割合で、従来は「1000年に1回程度」だといわれてきた大暴落が発生している状況を指す。

この「べき乗分布」の場合は、予測が難しいうえ、「ランダムウォーク」よりもはるかに高頻度に暴落が起きることになるので、やっかいである。このようなマーケットの状態であるから、その予想を的中させるのはかなり困難である。

前置きが長くなったが、今回、このような話をしたのは、最近、「為替レート変動が理論通りにいっていない」という指摘を色々な投資家(金融機関、機関投資家)から受けているからである。

その為替レート変動の「理論」というのは、「為替レートは(二国間の)金利差に連動して動く」というものである。確かに、数ヵ月の為替レートは、金利差とは逆の方向に動いている。これは以下のようなことを指す。

ドル円レートでいえば、日本側の金利は長短金利ともほとんど動いていない。これは、日銀によるYCC(イールドカーブコントロール)政策が効いていて、金利をほぼ完全にコントロールできているためである。その一方で、米国の金利は長短金利とも上昇基調で推移している。これは、FRBが段階的に利上げを実施しているのが主な理由である。

したがって、米国金利から日本の金利を差し引いた場合の日米金利差は拡大しており、前述の「通説」では、より金利が上昇しているアメリカの通貨価値が上昇する、すなわち、円安ドル高になるはずである。

だが、実際には、全く反対の現象が起こっている。昨年末のドル円レートは1ドル=約117円であったが、最近は1ドル=107円前後と、円高気味に推移している。

このような状況に直面して、これまでは「お題目」のように、「日米金利差から考えると…」と為替レート予想をしていた為替アナリストが右往左往しており、これが投資家の迷いをもたらしているようだ。

信じる価値のない2つのロジック 最近の為替アナリストが持ち出してきたロジックは2つある。「購買力平価」と「日本の経常収支黒字」である。

このうち「購買力平価」については、企業物価・生産者物価ベースで算出したドル円レートの「購買力平価」が1ドル=95円程度であることから、「現在のドル円レートは、購買力平価にさや寄せされていく過程である」というような見通しを出すアナリストが散見される。

だが、筆者は、「購買力平価」は現在の為替レートの位置関係を確認する程度の議論しかできないと考える。

過去の関係をみると、実際の為替レートは、概ね、購買力平価から±20%程度のレンジにおさまることが多い。従って、実際の為替レートがこの「上下20%のレンジ」から飛び出してしまっていれば、為替レートは異常な円高、ないしは円安ということになり、早晩、逆方向の調整が起きてもおかしくはない警戒水準という解釈が成り立つだろう。

だが、現在のドル円レートは1ドル=107円で、購買力平価から13%弱程度の円安水準である。すなわち、上記の「上下20%のレンジ」内におさまっている。つまり、これは、「平時」に近い状況であることを意味している。これ以上の解釈はできない。

実際の為替レートが購買力平価に近づいていくためには、統計的には「共和分」という関係にあることが必要だが、為替レートが比較的自由に変動するようになった1987年以降のデータで計測すると、残念ながら実際のドル円レートは購買力平価と「共和分」の関係にはない。すなわち、為替レートが購買力平価に収斂していくという動きには統計的には根拠がないのである。

これは、経常収支黒字も同様である。そもそも経常収支黒字とドル円レートの間にそのような密接な関係は存在しない。また、理論的には、為替レート変動の影響を時間差でうけて経常収支が変動すると考えた方がよいだろう。

さらにいえば、冗長になるのでここでは説明を省略するが、本来の「金利平価説」は、「高金利通貨が高くなる」という為替アナリストの「お題目」とは逆に動くものである。

このように、多くの為替アナリストがメディアを通じて提供している情報にはあまり根拠がなく、これを信じる価値はないのではないかというのが率直な感想である。

その情報はもう古い!
また、一歩譲って、これらの見方が、為替参加者の予想形成の「パターン」であったとしても、情報的価値はあまりない。

金利差、購買力平価、経常収支黒字の話は、いずれも「普通の」為替市場参加者がすぐに思いつきそうな話である。真っ先に思いつきそうであるということは、すぐに為替レートに織り込まれてしまうことを意味する。

為替レートの変動は、なんらかの「サプライズ」が市場全体に浸透していくことで発生するとすれば、これらの見方が、メディアで伝えられた段階で、その時の為替レートに織り込まれている(か、くだらない情報として無視されているか)はずである。

従って、実際の為替レート変動はこのような見方が示す方向性とは全く異なる方向に動くのではなかろうか。

メディア等で、上記の理由(購買力平価や経常収支、場合によっては、米国の貿易政策による日本への「脅し」などの政治的理由)による円高予想が流布されている状況下では逆にここから、これ以上の円高(例えば、1ドル=100円に近づくような)にはなりにくいのではなかろうか。

蛇足かもしれないが、必ず予想が外れる「はずれ屋(曲り屋、逆神)」が必ず外れる仕組みはわからない。もしかしたら、才能かもしれない。

参照元 : 現代ビジネス