ビットコイン、「不安定すぎる通貨」を巡る心理ゲームの危うさ

2018/1/31(水) 6:00配信

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● 皆がパニックに陥っているなかで 冷静に物事を判断できるか?

巨大な屋内会場で、何万人もの人を集めたロックコンサートを行っている。そしてそこで突然アクシデントが起こった。何かの理由で、会場セットが壊れて燃え始めた。みるみる間に火の手は広がり、会場には黒煙が充満し始めた――。

上記の例を想像してほしい。何が起こるか、簡単に予測できるだろう。いくつかある小さな出入口に人々が我先にと殺到し、阿鼻叫喚の様相を呈するに違いない。もし、きちんと整列して順番に避難していたならば、起こらなかったような悲劇が起こる可能性も高い。

このような状況では、人の行動は極めて単純になる。他人のことなど全く考えずに、自分が被害に遭わぬようにすることを最も重視する。緊急時には、人は熟考などできないため、自己利益を最大化するための単純な行動をとりやすくなるのだ。ノーベル経済学賞を受賞したカーネマンの言葉を借りれば、ファストシンキングの状態になってしまうのだ。

物理学や心理学では、こういった緊急時行動のシミュレーションや実験研究が行われてきた。大抵の場合、皆が殺到するよりも、順番に避難したほうが、犠牲者の数は少なくて済むという結果になる。条件にもよるが、冷静になって、人ができるだけ少ない出口を探し、そこで順番を待つのが最適解になることが多い。

それはつまり、「周りを見て、皆がいかないところに行く」戦略を取るべきということである。そのためには、「皆の取る行動を先読みする」必要がある。

さて、いま巷を騒がせているビットコインは、これと反対の原理が働く。「皆が買うところを買う」、もっと正確に言えば「皆が買うだろうところを先んじて買う」ことで利益を得る。ただ、「皆の取る行動を先読みする」という点では緊急時行動と全く同じだ。

一見すると株も同様に思えるかもしれない。だが、株は、会社の業績等によってその会社に価値を見出した人も購入する。「皆が買っているから」という理由だけで、売買がなされるわけではない。

● 人間の「思い込み」が 紙切れや金属に価値をもたらす

一方、ビットコインはその名前に騙されがちだが、少なくとも現在のところは、それ自体に、現実に使っている貨幣と同じ機能はないと言っていいだろう。事実、ビットコインがどこで使えるかということは、ほとんど話題にはならない。そのレートの変動だけが、ニュースの見出しを飾ることが一般的だ。

貨幣論という分野が経済学にある。筆者は専門家ではないが、非常に興味深く思っている。貨幣の機能は、(1)支払い、(2)価値の尺度、(3)蓄蔵、(4)交換手段――のいずれか、あるいはそれらの複数だが、今使われている世界中の貨幣のほとんどが、この4つすべてを満たしているのに対し、ビットコインに(1)の機能はほとんどない。むしろ(2)と(4)が強調され、現在流通している貨幣との交換手段と、それを通じた価値の尺度の変化が大きな注目を浴びている。

考えてみると貨幣というのは、ただの紙切れや金属にしか過ぎない。人々がそれに価値を見出すのは、価値のある他の物との交換に使えるからだ。それだけではない、それは「他の皆も全員、物と交換できるだろう」と皆が考えていなくては成り立たない。交換が行われるためには、皆も「お金と物は交換できる」と信じなくてはならないからだ。

さらにもうひとつ、「ずっと未来までお金と物は交換できるだろう」と皆が信じていなくてはならない。戦争直後やハイパーインフレ時などによくあるが、自国貨幣に将来、交換価値がなくなるだろうと皆が予測した時点で、その交換価値は暴落する。

このように考えると、お金は「皆が物との交換に使えると信じ、それが未来永劫続くと信じ、かつ他の皆もそう思っているだろう、と信じる」という「幻想」によって支えられていることがわかる。つまり、お金は皆の思い込みという心理によって支えられているに過ぎないのだ。

ビットコインが貨幣として不安定なのは、物と交換できる可能性が低く、もっと強固な現存貨幣との交換価値に限られていること、上記の「皆と共有する幻想」「未来永劫続くという幻想」という思い込みが弱いためだと筆者は解釈している。

● 仮想通貨の売買は、現状では 心理ゲームの延長でしかない

ブロックチェーンテクノロジーができるまでは、ネット上の仮想通貨は、ハッキング次第でその価値や量の操作が可能だった。だから、既存の貨幣のような幻想をつくりだすことは、仮想通貨ではほぼ不可能だと思われてきた。

ブロックチェーンテクノロジーについては知っている読者の方も多いと思うが、取引価格(交換価値)や貯蓄量を、誰かが恣意的に書き換えることができないようにプロテクトするためのテクノロジーだ。上記の「貨幣であるための条件」を、これで一部満たせるようになったため、現在のブームが始まった。

ところが、今回のコインチェックの事件は、いわば取引所に蓄えていた貨幣が 盗まれるという「銀行強盗」だった。2ちゃんねる創始者の西村博之(ひろゆき)氏が指摘していたが、バーチャル空間では銀行強盗になるのは「ハッカー」たちだ。それが世界中にごまんといて、彼らはいつでもネットを使って取引所にアクセス可能だ。

本物の銀行は強盗に備えて警備を強化するが、ビットコイン取引所はそれをバーチャル空間でやることになる。

ビットコインの取引所は、世界中の強盗に囲まれた銀行のようなもので、本来ならばセキュリティにものすごい額の投資が必要な分野なのだ。コインチェックのみならず、多くの取引所はそれが手薄だと言わざるをえない。それは、「ビットコインを盗んだところで、バレた時点で現金換金は難しい」という考えがあったのだと筆者は推測する。

ところが、抜け道はいくつもあるようだ。わざと税金逃れのために、強盗されたと装うことも可能だと主張する人もいるし、ひろゆき氏のような分析(詳細はこちらを参照)をする人もいる。

いずれにせよ、筆者は、仮想通貨をいかに本物の貨幣に近づけていくかという試みを世界中でやっているうちに、仮想通貨に振り回され、大変なことになっているように思える。

「労働の価値を貨幣に変えるのが資本主義で、本来の価値は労働に帰属するはずなのに、やがて貨幣そのものに価値があると勘違いして、貨幣を得ることが目的になってしまう」。カール・マルクスはそう指摘し、これを「フェティシズム(物神崇拝)」と呼んだ。

仮想通貨を買うこと自体にいいも悪いもないと思うが、少なくとも今のところは、それは所詮「皆に先んじて、皆が群がるところにいく」という心理ゲームの実験でしかないことを、私たちは知っておくべきだろう。

(モナッシュ大学マレーシア校 スクールオブビジネス ニューロビジネス分野 准教授 渡部 幹)

参照元 : ダイアモンドオンライン