JAL123便墜落事故の真相 ―かるべき多くの生存者が情け容赦なく殺された

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真実は当初から超国家権力によって隠蔽され続け、20数年間深い闇の中にあった。しかし、近年になってようやく、新たな証言者が現れ、この問題を長年追い続けて来た人達と結びつき、遂に闇の核心部分に光が当たるようになった。墜落は単なる事故ではなく、驚天動地、世界規模の大事件だった!



故高濱雅己機長の遺族は、妻の淑子さんを始め執拗なイヤガラセを受けた。最愛の人を亡くした悲しみに加え、加害者扱いという二重の苦しみが、高濱機長の遺族を襲った。何度電話番号を変えてもイヤガラセ電話が絶えなかったという。

しかし高濱機長を始め、日航乗務員15名は、最悪の条件下、最後の瞬間まで命を懸けて闘った。加害者等では断じてない!真の英雄達だ!極限下で示された彼らの勇気ある行動とその気高き精神は讃えられ、彼らの名誉は何としても恢復されなければならない。

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元日本航空スチュワーデス(青山透子氏)が描く、日航ジャンボ機墜落事故の記憶。操縦不能になった機内。「墜落」という逃れられない現実、突然目の前に「死」という恐怖が迫る。飛行機に異常が発生して、酸素マスクが落下し、大きく揺れ動く機内。恐怖にさらされた中で、最後の最後まで冷静に働いたスチュワーデスたち。

乗客に不安を与えず、冷静にエマージェンシー対応を行った。「死」を覚悟して遺書を残した乗客がいたことも知られているが、最後まで望みを捨てず、「不時着」に備えてメモを残したスチュワーデスがいた。飛行機を立て直すコックピットの懸命な努力。極限状態の中で懸命にプロの仕事をまっとうした乗務員の姿がそこにあった。

青山透子氏(元日航客室乗務員)ブログ:「あの事件をうまく隠ぺいした人は異例の昇進をし、それを追及した人は辞職を強要されたそうです。正直な人が辞めさせられて、ずるい人が残るとすると、本当にひどいですね。」

あの日1985年(昭和60年)8月12日JAL123便に、一体何が起こったのか?事件の背景は?それを知ることは、大きな目覚めになる。「我々は高度にマインドコントロールされ、慣れ親しんだ現実は、全て幻想だったのだ」と。

この世界の現実について予備知識の全く無い人が、このJAL123便事件の真実をいきなり知ってしまうと、一時的に精神のバランスを失うかもしれない。価値観はひっくり返り、後生大事に持っていた常識は崩壊する。コメント欄にはそんな人達からのdesperate comment が山ほど寄せられる。中には工作員らしき人物からの撹乱メッセージも。(彼らのコメントを公開することは益々混乱を招くと思われるので、現在は公開を控えている。)

今まで通り「自身の『常識』という殻の中で幸せに生きて行きたい」という人はここから先は読まない方が良い。ご自身に人生がひっくり返るような事件が起きたとき初めて、このJAL123便事件の真実を受け入れられるかもしれない。そして『自身の殻を打ち破る大きな努力』の後、本当に幸福な人生とは?この世界から争いが消え、真の平和を築くにはどうすれば良いのか?その答えが見つかる。

途中で『気分が悪くなった。とてもついて行けない。』と思った方、或いは『どうも自分には予備知識が不足しているようだ』と感じられた方は、他の記事を読まれて基本知識を得てから、再度読み進めて頂きたい。『いや、大丈夫。心の準備はできている。』という方は、どうぞこのサインを無視して、その先に進まれたい。

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☆JAL123便事故関連動画−事件を知らない世代のために (注:ボイスレコーダーは一部改竄、墜落原因の圧力隔壁破壊ではない事を前提に)

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人気歌番組「ザ・トップテン」放送中に第一報:茶の間の多くの日本国民が、ここでJAL123便墜落事故を知る(8分18秒)…ここから墜落現場のミスリードが始まり、救助隊の到着は大幅に遅れることに。



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日航機事故犠牲者遺族の怒り、悲しみ、慟哭、凄惨な事故現場、遺体との対面:日航機事故遺族(写真は大阪空港で「明日の朝一番で臨時便を出せ!」と日航関係者に詰め寄る乗客関係者達。)

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20年目の誓い〜天国にいる我が子へ〜









日航ジャンボ機墜落事故から25年









☆世界の真実の姿を求めて!TV新聞報道では、助かった4人以外に少なくとも生存者が3人、合計7人の生存者がいた(この日本経済新聞の記事は日航パーサー落合由美さんを忘れている。従って8人が正しい。)。しかし、4人は報道直後突然失踪!彼らは一体どこへ消えたのか!?

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さらに最低50人くらいの生存者が墜落現場にいた、指先が1本ちぎれただけの男の人もいた、と、まだ夜も明けやらぬ現場に駆けつけた若者は証言!生存者達も同様、墜落現場では多くの人達が助けを呼んでいたと証言。

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☆川上慶子さん(当時12歳)は、同乗の両親と妹が亡くなるも奇跡的に生還。病院を退院後、島根の実家に帰った際に証言:墜落したあと、ふと気が付いたら周囲は真っ暗だった。あちこちでうめき声が聞こえ、私の両親もまだ生きていたような気がする。しばらくすると前方から懐中電灯の光が近づいてきたので助かったとおもった。

そのあとまた意識がなくなり、次に目が覚めると明るくなっていたが救助の人は誰もいなくて、周りの人たちはみんな死んでいた。(慶子さんは意識が無くなって幸運だった。もしその時懐中電灯の人物に助けを呼んでいたら、彼女の今日は無かっただろう。近くに居た、落合由美さんや吉崎さん母子の今日も…理由は後述。)

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☆日航機元客室乗務員、作家・安部譲二氏談:御巣鷹山近くの複数の住人が、123便が炎をあげて墜ちてきた、光るものが飛んできたと証言している。(これこそ123便が空中で爆発した目撃証言ではないのか?何故事故調査委員会はこの証言に耳を傾けなかったのだろう?空中爆発だと何が都合悪かったのだろう?)

☆日航123便墜落事故群馬県医師会記録 救助がもっと早ければ……空白の15時間。

☆元日航職員佐宗邦皇(さそう・くにお)氏の証言(動画開始後2分10秒辺りから):JAL123は小型中性子核ミサイルによって撃墜された



貝のように口を閉ざす日航関係者の中にあって、佐宗氏は自らこのJAL123便墜落事故の調査を行い真実を発信する大変貴重な存在だった。2009年8月9日午前11時突然帰らぬ人となるまで、その活動は続いた。享年59歳。

亡くなる前日のワールド・フォーラム(前述の動画はその開始部分)で「天皇の金塊」著者高橋五郎氏の講演に続き自身が登壇、用意された「おーいお茶」500mlボトルに口をつけて1分以内に椅子から崩れ落ちる。最前列の聴講者が機転を利かし、素早くそのボトルを確保し、後で遺族に提出。不審な数人の男達が飛び出し、同じくそのボトルを確保しようとしたが得られず、凄い形相でその聴講者を睨みつけたという。(コメント38参照)

ビデオ佐宗邦皇氏発言書き起こし、解説 「現場を見ればわかるんです。映像も見ました。僕は元々日本航空でしたから。この問題はかなり詳しく、自分なりに研究したんですね。最後は、米軍機に核ミサイルで撃墜されているんですけれども、中性子爆弾の空対空ミサイルだった可能性があるんですね。一回ぽきっと折れて、後部はグライダー状態に落ちて行った。

空中でキノコ雲が発して、真っ黒な。それはいろんな方向から確認されているんですね。内部隔壁が原因というのは嘘なんですね。尾翼に無人標的機が突き刺さった状態で、 横田基地に向かって着陸体勢に入っていたんです。ところが、着陸寸前に着陸を拒否された。

その指令がどこからきているのかが問題。私は中曽根総理(当時)から出ていると見ている。それで横田基地への着陸を認めないから、飛行機はずっと御巣鷹山まで追い込まれた。目的は、アメリカがプラザ合意を押し付けるため。日本をターゲットにして、言う事を聞かないと武力でやるぞと」

佐宗邦皇氏が立ち上げたワールド・フォーラムでは各界の優れた講師を招き、或いは自らが講師として、世界の真実を発信する活動をしていた。その内容は万人が知るべき大変重要な情報であったが、世界支配者層にとっては絶対に知られてはならないものばかりだった。以下の動画は氏が911事件の真相を伝えるもの。氏の深い洞察力には驚嘆させられる。必見!



☆JAL123便撃墜の証拠が写真誌フォーカスに!!第3エンジンから突き出る不発弾と思しきファルコンミサイル!

JAL123便墜落事故−真相を追う−そしてミサイルは発射された(2)

軍事専門家談:これは大型機撃墜のため開発されたファルコンミサイル。1985年当時における空対空ミサイルの起爆タイミングは、命中直撃を無理に狙わず、敵機近傍で爆発し、確実にダメージを与える「近接爆発方式」が主流。ただし、ファルコン系列ミサイルは、「直撃」が可能なら自律的にそちらを選択する。(「ミサイルは近接信管(きんせつしんかん)だから123便に命中する前に爆発するはずだ。

このサイトの筆者はそんなことも知らないのか!?」等という馬鹿にしたような書き込みが時々ある。この方は自衛隊関係者なのかもしれないが、ファルコンミサイルの実際を知らないようだ。軍事専門家によれば、ミサイルはセンサーが敏感過ぎてちょっとの振動で爆発しても危険なので、敏感すぎないよう調整されており、その理由からおよそ50%は不発弾になってしまうという。)

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☆墜落現場123便第3エンジン付近に散乱する米国レイセオン社製空対空ミサイルの部品!
ブログ主:これまで私が書いてきたことに対して、色々なご意見やご批判があるようですが、お願いしたいのは、人生、たかだか数10年のご経験やそこから得てきた常識だけで物事を判断するのを止めていただきたいことです。読者の皆様に限らず、この調査に協力していただいているメンバー全てが、最初は目の前に突きつけられた現実に対し拒絶の念を覚えながらも、自身の経験と常識を乗り越える選択をし、このブログでの発表を決意したのです。

(中略)

批判を行う方は、少なくとも現地を訪れ、群馬県上野村、および事故現場周辺のあの独特の雰囲気を肌で感じてください。また、土の採集や放射線測定器で調べればより多くのことがわかってくるでしょう。ただし、くどいようですが、現地は最高レベルの監視体制下に置かれていることだけは、初めにご忠告申し上げます。

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☆墜落現場に残るイエローケーキ(核兵器に使用される軍用の濃縮ウラン、錬度が高く、レンガ色をしている。墜落現場で収集した方が123便事件講演会会場に持ち込んだところ、多くの人が体調に異変を来たす。その症状から放射性物質と判明したという。)

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☆(新)日本の黒い霧−現場に散乱する破片を収集、軍事専門家による分析の結果驚愕の結論に至る

☆田村珠芳−軍事使用目的プルトニウム運搬、目撃者殺害/誘拐による隠蔽工作

☆NEWS U.S.− 戦後日本最大級の事件、日米露を巻き込んだ軍事衝突

☆犠牲者の霊に導かれ…現場に小型中性子核ミサイル使用の痕跡を見る

日本と世界の闇の権力者間で起こった核兵器開発を巡る軍事衝突。その背景には為替レートを円高誘導せよという国際金融寡頭勢力と、それを拒否する日本経済界の壮絶なしのぎ合いがあった。

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今年も8月12日、日航123便墜落事故の日が巡って来る。この事件は16年後に起こる、911事件と似通っている。列挙してみると。

明らかに素人でも分かる嘘をつき、国家ぐるみで真実を隠蔽しようとする。例:圧力隔壁破壊の嘘。

軍事演習の最中で起こった、核兵器使用の痕跡を残す、尋常ならざる破壊の跡と情け容赦ない乗客殺害部隊。

メディア総動員による撹乱。大衆を真実から遠ざけようとする、超国家的権力の存在。

以後の世界的変化。

まず,痢嵬世蕕に素人でも分かる嘘」について。

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上空8,000mで機体に大きな穴が空けば、他の航空機事故に見られるように、機内に急減圧が発生。機内の物は人間を含み外へ吸い出される。また上空のマイナス40度という低温の空気が室内に入り込み、室温の急低下が起こる。空気が薄くなることから、実験では5分くらいで一般人なら意識を失う危険な状態に陥る。しかし、生存者の落合由美さんの証言ではそんな事態は起こらなかった。

生存者の一人・落合由美さんの証言

また、長女の美紀子さんと共に助かった吉崎博子さんも、急減圧に関して、「子供の世話をしていてマスクが外れることもありましたが、それでも苦しいとは感じませんでした。」と証言。

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また、機内の室温急低下に関しては、「私は半袖のブラウスと長めのキュロットスカートという服装でしたが、特に寒いということはありませんでした。」と証言。

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一方、当時の航空事故調査委員会委員長、武田峻氏は「何故操縦室の3名はマスクを付けなかったのか?」という問に対し、

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「(トラブル発生後)やることがいっぱいあって、どれからやって良いかよくわからなかった。必ずしもマスクを一番先につけないといけないことは無かった。結果として。」

と答えている。彼の説明だと、人間は忙しさにかまけていれば、上空8,000mという酸素が非常に薄く気温マイナス40度という過酷な環境でも、30数分間耐えられるということだ。

酸素マスクを必要としなかったのは操縦室だけでなく、客室の乗員乗客も同様だった。事故調査委員会の結論が正しいのなら、524名の乗員、乗客全員がヒマラヤ山脈の最高峰エベレスト山(8,848m)に酸素マスク無し、夏服の軽装で登頂できる、世界トップクラス(?)の登山家集団ということになる。

という訳で、事故調査委員会の公式発表「圧力隔壁破壊」は子供でも「嘘」とすぐ分かる。

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事件の日、日米合同軍事演習が行われた。海では、相模湾。伊豆沖で当時の最新鋭護衛艦「まつゆき」を中心に艦船、潜水艦が出動。空では、茨城県百里基地所属の航空自衛隊戦闘機、また航空自衛隊や在日米軍の電子戦機が待機。はるか上空では米軍の軍事衛星が演習を監視。陸では、ゲリラ訓練場となっている御巣鷹山とその周辺に、特殊部隊が集結。

18:12 JAL123便は羽田を離陸。12分近く経過したとき、相模湾上空で123便のクルーは、右前方から接近する奇怪な飛行物体を発見。コックピットに緊張感が走る。乗客も気付いていた。

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18:24:35 ドーンという衝撃音と共に何かが123便の尾翼部に激突。座席中央部分の最後部から5番目に座っていた小川哲氏(当時41歳)はその飛行物体を接近段階から撮影、後に事故現場で発見され現像。デジタル解析の結果、オレンジ色の物体と判明。

18:56過ぎ、123便はレーダーから消える。しかし、場所についての報道は二転三転し、123便の行方は特定されない。翌日明け方になるまで救助活動が開始されず搭乗者の家族は焦燥感が募る。

8月13日の午前5時10分、航空自衛隊救難隊による「機体発見」、続く陸上自衛隊偵察ヘリによる機体確認、5時37分の長野県警ヘリによる墜落現場の確認と、各自衛隊や警察のヘリによって次々と墜落現場の状況が確認される。群馬県上野村の黒沢丈夫村長(当時)は、テレビ報道の映像を見て、現場が村内の「スゲノ沢」であると判断。土地勘のある消防団員に捜索隊の道案内をするよう要請。

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墜落からおよそ14時間が過ぎた午前8時半、長野県警機動隊員2名がヘリコプターから現場付近にラペリング降下。その後陸上自衛隊第一空挺団の隊員が現場に降下して救難活動を開始。陸路からは、上野村消防団、群馬県警機動隊、警視庁機動隊、陸上自衛隊、多野藤岡広域消防本部藤岡消防署の救助隊が現場に到着。ようやく本格的な救難活動が開始される。

しかし驚いたことに、当局には最初からJAL123便の乗員乗客を救助する気はさらさらなかった!

縦割り組織警察の常識を無視して「全員死亡による救助打ち切り命令」で動けない群馬県警管轄地域へ越境進入したのは長野県警レスキュー隊。また、早々と現場で「全員即死宣言」をした自衛隊幹部に「まだ生存者がいるぞ!!」と怒鳴って救助活動を促した報道関係者や消防団員の人達。彼等がいなければ、落合由美さん達女性4人も助かっていなかっただろう。

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「現場にいたある消防団員は『最初は医師・看護婦は現地に送り込まれていなかった。生存者が発見されてから急にあわてた。生存者に対する準備ができていなかったような気がする』と話していた。はじめから生存者がいないと決めてかかっていたのではないかと私も感じた」(元日航パイロット藤田日出男著「隠された証言・日航123便墜落事故」p.56、8行目)

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「11時生存者発見、12時仮設ヘリポートへ、ヘリポートで1時間30分以上待たされ14時15分ごろやっと病院へ搬入」(元日航パイロット藤田日出男著「隠された証言・日航123便墜落事故p.55、2行目)…せっかく発見され一刻を争う救命処置が求められる生存者を現場に2時間近く放置、病院搬入まで3時間以上も費やしている。まるで生き延びてもらっては困るかのように。

何と酷い!これが人間のすることか?恥を知れ!
救助隊にはわざと遅く現場に着くよう、或いは違う場所に行くように、NHKにはわざとウソの墜落地点を報道するように命令が出ていた!(元日航客室乗務員:青山透子氏ブログ)

*災害派遣待機命令が発令されたが、その後出動ではなく中止命令が出たのはなぜか?

*8月12日、夜23時頃、一番先に捜索のため到着した機動隊員32名の案内を頼まれた地元民たちに対して、道案内を頼んでおきながら機動隊員から 「その場所は違う、こっちだ」と根拠のない主張をされた。墜落現場はスゲノ沢だと言うと 「いいやそこではない、中ノ沢だ、上官の命令だ」と強く言われた。人にものを頼んでおきながら命令とはどういうことか?なぜ地元の土地に詳しい人の意見をわざと無視したのか?

*なぜ一番先に到着した機動隊員は、わざと足が遅く、ゆっくり歩くのか、おかげで、倍の時間がかかり、夜明けまで墜落現場にたどり着けなかった。

*夜中、ヘリが墜落現場上空にずっとホバリングして、モノの上げ下げをしていたが、何をそんなに急いで上げ下げしていたのか?

*後からの幹部の発表では、一機たりとも危なくてヘリを飛ばしていないというが、事故当夜、私たちが目撃した墜落現場上空にいた多数のヘリは、亡霊か?

*自衛隊ヘリの合図を頼りに墜落現場まで行けると(信じて)歩いたら、結局全く違った場所に連れていかれたのはなぜか?

*自衛隊による墜落現場特定が遅くなったことについて、山下運輸大臣や自衛隊幹部が、「夜間用照明がなかった」とか「険しい山に仰天した、危ないから」とか、夜に救助出来なかった理由をテレビや雑誌で反論した。しかし、敵の侵略や戦闘は夜行うもので、その為に山奥で過酷な訓練をしてきた。夜にヘリを出せないならば、いつ自衛するのか?自分たちは夜に十分動けるための訓練を行ってきたのだから、プロとしての自衛官を馬鹿にするような発言するとは情けない。それでも幹部か?

*なぜ墜落場所を地元民や黒澤村長が伝えても報道は聞き入れなかったのか?特に13日早朝、地元では当然御巣鷹の尾根とわかっているのに、まだNHKでは、小倉山と報道し続けていて、呆れた地元民が、NHKの記者を怒鳴りつけた。

*なぜ一生懸命生存者を救助したのに、山頂に4時間近く生存者が放置されたのか?

*なぜ生存者を収容したヘリで、5分もかからない救急病院に行くのに、無線が故障と言って30分以上、上空を旋回し続けたのか?

*4人も救助したと美談になっていたが、遺体状況からみて、つい先ほどまで生存していたと思われる人たちが100名ぐらいはいたはずである。

*自分はゼロ戦の指導教官だったが、戦時中でさえ場所は特定できた。あの程度の山で、ましてや1985年に、墜落場所を測定出来ないわけがない。パイロットを馬鹿にするな。

△粒吠軸鏤藩僂虜跡と、情け容赦無い殺害部隊の存在

核兵器使用の痕跡。ピカッと雷光のように走った閃光、黒いキノコ雲が目撃されている。

墜落現場に残るイエローケーキ(核兵器に使用される軍用の濃縮ウラン、錬度が高く、レンガ色をしている。墜落現場で収集した方が123便事件講演会会場に持ち込んだところ、多くの人が体調に異変を来たす。その症状から放射性物質と判明したという。)

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骨が約3cm刻みの破片になって飛び散るほどの、広島原爆の30倍以上と推定される衝撃。これらは小型の核爆弾使用を示唆している。決して不時着態勢に入っていた速度の航空機のものではない。

元日航職員佐宗邦皇(さそう・くにお)氏の証言(動画開始後2分10秒辺りから):JAL123は小型中性子核ミサイルによって撃墜された)

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東大地震研究所の微小地震計が、墜落時刻に異常振動を観測、記録している。第一波は18:56:26、第二波は3秒後。これら二つの波は極めて微小な物。墜落の衝撃だ。しかし18:56:31から観測された第三波は、約5秒間揺れ、その後も10秒近く揺れる大きなものだった。

最初の二つの波は航空機の地面衝突によるものだろう。しかし、第三波は一体何だったのか?広島原爆の30倍を超える小型核爆弾の衝撃ではなかったのか?(池田昌昭「完全犯罪JAL123便撃墜事件」)ミサイル使用の痕跡。 この遺体散乱状況写真を見ると、123便の進行方向に対し、右側からミサイルと思しき爆発物が命中し、乗客・乗務員を左前方に吹っ飛ばしたことが分かる。

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乗員乗客殺害部隊の存在

8月13日04:00頃 墜落翌日まだ夜も明けぬ早朝、白バイを振り切って、長野県からオフロードバイクと徒歩で駆けつけた若者達2人。生存者の呻き声が谷にこだまし、響き渡っているのをはっきりと聴いた。およそ50人と推測。指が欠損しただけの、比較的軽症の人も。

この人は助かる、と確信。既に到着していた100名くらいの自衛隊員。片手に抜き身の大型アーミーナイフ、目には暗視ゴーグル、また、靴は急峻な山での作業に適した短靴。

1時間後、次の部隊が続々と到着。後から来た部隊は山で歩きにくいブーツ着用。(「救助に向かう自衛隊は武器を携行しない。もし携行するとすればその手続きは煩雑で必ず証拠が残って居る。

その証拠が出ていない以上、このサイトに書いてあることは悪質な作り話である」という書き込みがこのサイトにあった。その人は自衛隊関係者で実際の武器携行手続の経験から言っているのかもしれないが、世界の厳しい現実を知らないおめでたい人、という他無い。「答えてみろ、この嘘つき野郎!オレが怖いのか?オイコラ!」と余りに礼儀を欠くチンピラのような調子だったので削除。

しかし、彼等は一向に生存者の手当をしようとはしない。大きな袋に何かを集めて入れる作業を黙々と続け、上空でヘリコプターがホバリングしながら集めた袋を回収するのみ。何故だ!?何故この部隊は救助をしない!?目の前で多くの人々が手当を待っているというのに!!人命より優先される回収物とは、一体何だ!?以下にその件についてのウェブサイトを紹介する。

「JAL123便墜落事故−真相を追う− 闇夜に蠢くもの(4)」

このオフロードバイクと徒歩で駆けつけた若者の一人は24年間海外勤務にあって真実を語る機会が無かったが、2010年5月16日、江戸東京博物館にて、その日目撃したことの証言を依頼される。ところが、講演の2週間前、アクシデント発生。車の後輪がバースト。

あわや死亡事故につながる緊急事態を咄嗟の運転テクニックで回避する。損傷部分を検証した結果、軍関係者しか持たない、熱線銃によるものと判明。「123便事件の真実について、これ以上語るのを止めよ」というメッセージが彼に送られる。幸いにも、かろうじて講演会当日は会場に無事駆けつけ、証言することができた。

話を墜落の日の翌朝に戻そう。日が昇ってからも奇怪な事が起こる。公式に生存者とされる4人の女性以外に、3名乃至4名の生存者が目撃されている。生存4人の現場からさらに200mの急斜面を登ったところにいた朝日新聞社の社会部記者が「今さらに3人の生存者救出!2人は担架に乗せられているが、1人は担架が必要無いほど元気な女の子で、救助隊員に抱かれている。」と無線で報告。

朝日新聞前線キャップ木村卓而氏は『一人の女の子は、担架に乗らないほど元気で、救助隊員に抱かれている。他の二人は毛布をかぶされているため、男女の別やけがの程度ははっきりしない』と元気で無事救出された女の子のことを報告。だが、その後女の子はどうなったのか?突然存在が消えてしまう。

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また、8月13日午前9時〜10時頃、地元上野村消防団が墜落現場に、獣道を伝って登っていく途中で、沢伝いに下ってくる「中学生くらいの男の子を含む男性四人連れ」に遭遇。衝撃の現場から来たというのに、挨拶しても返事もしない、何も語らない、不気味な沈黙の集団。「沢伝いに下りてくる、中年の男性三人と中学生くらいの少年が加わった四人のグループに出くわした」飯塚訓(いいづか・さとし)著「墜落現場、遺された人たち」p.119、5行目〜。

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この男の子は一体どこへ連れ去られたのだろうか?「この少年は生きているのではないのか?私の知り合いの医療関係者は、筋肉の張り方など自力で腕を上げていると観察され、この時点では明らかに生きているだろうと語っている。」元記事

さらに、7歳〜8歳くらいの小さな男の子が13日午前「走り回っている」ところを自衛隊員に発見されている。報告は無線でただちに流された。報道関係者もこの無線を傍受。「男の子発見」のニュースは流れた。フジテレビの「ニュースレポート」では、マイクを握ったフジの山口氏が『現場は惨憺たる状況です。まもなく、担架に乗せられた七、八歳の少年が運ばれてきます……。』と生中継。しかし、この「男の子」に関する情報が途絶。以後、まるで神隠しにでも遭ったように、その後の「7歳〜8歳くらいの小さな男の子」の消息は杳として知れない。

のメディアによる撹乱。

NHKを始め、民放各局は事故直後からわざと偽の墜落地点情報を流して、救助隊の到着を遅らせた。墜落現場には米軍ヘリが既に飛来していた。以下「JAL123便墜落の真相」から引用。

JAL123便 日航機墜落事故の真相

「やがて真っ暗闇のなかに、ヘリコプターの音が聞こえたのです。あかりは見えないのですが、音ははっきり聞こえていました。それもすぐ近くです。これで、助かる、と私は夢中で右手を伸ばし、振りました。けれど、ヘリコプターはだんだん、遠くに行ってしまうんです。このときもまだ何人もの荒い息遣いが聞こえていたのです」(落合由美さんの証言)。

このように、1994年9月25日の「ニュース・ステーション」は、日本側の都合による米軍救援活動中止要請が事実であることを報道しています。何ということでしょう。米C−130は午後7時30分に墜落場所を特定し、20分後には横田基地に正確な墜落場所を知らせているのです。もちろん日本側にもその時点で伝えられています。

元日航客室乗務員青山透子氏ブログ(前述):なぜ墜落場所を地元民や黒澤村長が伝えても報道は聞き入れなかったのか?特に13日早朝、地元では当然御巣鷹の尾根とわかっているのに、まだNHKでは、小倉山と報道し続けていて、呆れた地元民が、NHKの記者を怒鳴りつけた。

最後にい寮こΔ傍こった変化。

日航123便墜落事故の翌月22日、歴史的なプラザ合意から円ドル為替レートが250円/ドル台から1年後には一気に120円/ドル台に円が急騰。

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急激な円高を受けて、以降日本経済は輸出企業を中心に大打撃を被る。そして日銀の窓口指導による、バブル創出、崩壊、金融ビッグバンによるM&A等で外資ハゲタカファンドの進出、郵政民営化、莫大な国富の喪失と続いて行く。これらは決して偶然では無い。全ては仕組まれたことだった。ある闇の勢力によって。

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助かっていたはずの乗客達。不幸にも軽症すぎたがため、また不運にも見つかってしまったが故に、最後の最後で、彼等は口封じのために殺された。航空機事故遺体に模して。決して知られてはならない秘密があったから。そうとしか考えられない。無念であったろう…震えが止まらない。

この墜落現場で「生き残った罪も無い乗客、乗務員にとどめを刺した者達」は恐らく国籍が日本では無い、と信じたい。来るべき極東有事を演出するために特別訓練された、日本の自衛隊を偽装した部隊の可能性が高いのでは?任務遂行のみに全神経を集中する訓練と共に、部隊を編成するに当たって「日本人を嫌悪する教育」を受けた者達が選ばれたのではないか?

123便の乗客、乗務員はこの者達の手にかけられ、処分された。殺人鬼が迫って来る瞬間、彼等は一体何を思ったのだろうか?『お前達は何者だ!?乗客乗員の救助に来たんじゃないのか?』現場で何が起こっているのか、理解している人はほとんどいなかったであろう。彼等は無残にも、毒ガスで息の根を止められたり、火炎放射器で生きたまま焼かれた。

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尋常ならざる遺体の状況 参考ウェブサイト

ジェット燃料は高くて1400℃に到達するというが、それは灯油の1100℃とたいして変らない。実体はほとんど灯油と同じと考えてよい。写真の子供は頭部の輪郭が崩れる程激しく燃えており、ジェット燃料(灯油)が原因ならば、まとまった燃料が本人にかかり燃えた、あるいは近くで激しく燃えていたことになる。しかし、子供の遺体に寄り添うように生えた木立にはほとんど焦げ跡がない。

しかも雑誌の文面には「紙幣や書類が周囲に散乱していた」(写真誌フォーカス)と記載されている。ジェット燃料はこの子だけをめがけ飛び散り、この子だけを燃やして火は収まったというのだろうか?この不自然な状況を説明する理由を私はこう考える、「この子はごく間近から火炎放射器で焼かれたのだ」と。元記事

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上の焼死遺体も、遺体の側の木は全く焦げ跡が無い。

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当時、遺体の歯形で本人確認を行った大國勉氏(歯科医師、群馬県警察医会副会長)に、青山さん(元日航客室乗務員、青山透子氏)は何度もインタビューを試みている。「私は群馬県警察医として千体ほど焼死体を見てきたが、それでも歯は『すす』で黒くても、裏側や一部は白いままだし、骨もそこまで燃えていない。

なのに、あの事故の時は骨の奥まで炭化するほど燃えていた。…二度焼きしたような状況だ」。周囲の木々が幹の中までは燃えていないのに、遺体だけが骨の芯まで焼かれているのはなぜか。群馬県の検視報告書において担当医が「二度焼き」という言葉を使ったことは、ただごとではない。

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写真上:女性4人の生存者が見つかったスゲノ沢の上流で発見された携帯用VXガス兵器と思しき容器。20数年経って、瓶には微量の液体が残っていた。持ち帰る際、念のため何重にもビニール袋で密封したが、調査に当たった方達2人は、密封を解いた途端気分が悪くなり、数日間寝込んでしまったという。

墜落現場へ救助に向ったと思われる警察の救助ヘリの残骸が見つかっている。彼らも何者かによって空対空、或いは地対空ミサイルで撃ち落とされたのか?また、当日午後8時頃、TVのテロップで「救助に向かおうとした自衛隊員を別の自衛隊員が射殺した」との報道があったという。

事件の後で、勇気を持ち、真実を語って、自殺を装い殺された自衛隊員もいる。911事件でも乗客の殺害はイスラエルの諜報機関モサドが担当したという情報がある。同国籍人で無ければ、何の躊躇も無く殺害マシンとなって、乗客乗員のみならず、救助隊でさえ抹殺できるからか?

写真aは林中で見つかった2名の隊員、写真bは暴露された尾翼写真、尾翼に外部から飛行物体が激突した証拠。彼等はこの写真をリークしたため殺害されたのだろう。

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国を売った者達は、第二次世界大戦時の軍人としては山本五十六大将、米内光政大将、宇垣 纏中将などがいた。軍部のみならず、各界のトップに売国奴が君臨している状況は、今も昔と何ら変わりは無い。

彼等は国家や、大企業の要職を占めるものの、少数派である。大多数の、良識ある国民が真実に目覚めれば、彼等も悪事を働くことが難しくなる。この123便墜落事件を通して、この機会に真実を見抜く眼を養ってみては如何だろうか?

123便墜落事故をモデルとした、山崎豊子氏の小説「沈まぬ太陽」(1995年、平成7年から順次発表、3編に渡る長編小説)が映画化、2009年秋封切。小説では日本航空の腐敗、利益追求第一主義を指摘。もとより事件の本質解明に至ってはいないものの、かなり近い線まで迫っている。この事件は恐らく、2011年3月11日の地震兵器による東日本大震災、津波、核兵器による原発事故と本質でつながっていると思われる。

日本航空の経営を圧迫した大きな要因に、911テロ事件、SARS等々の事件があるが、それらは全て国際金融寡頭勢力が起こしたものであった。そして今回取り上げたJAL123便撃墜も。日本航空のトップと、その巨悪とのつながりを紐解けば、この事件の本質がみえてくるのではないだろうか?

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映画封切りのタイミングは、日本航空国営化に賛成世論を形成する目的があったと思われる。空の安全を目指した小説・映画のはずが、却って「日本航空機を使ったテロを起こしやすい環境」を整えるのに協力するという、何とも皮肉な結果を招いてしまった。

日本航空123便墜落事故。言うまでも無く、これは単なる事故ではない。ハッキリ、事件である。それも世界規模の大事件である!

事件の真相を知る政府、日航関係者は、勇気を持って口を開いて欲しい。そうすればこんな悲劇は二度と起こらないかもしれない。そして何よりその事が、亡くなられた方々への最大の供養になるのだから。

参照元 : ijn9266のブログ


JAL123便墜落事件の真相◆/深造貿る勇者達

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「JAL123便墜落は単なる事故でなく、事件だった。あの日、御巣鷹山では国内二大勢力の軍事衝突が起きていた。そこに米ソ二超大国が加わり、ハイテク兵器を駆使した内戦が勃発していた。123便の墜落はその中で起きた事件の一部である。乗客乗員520名に加え、約500名の兵士達があの現場で命を落としている。」

と聞いて皆さんはどう思われるだろうか?

JAL123便のものでない航空機部品の破片が墜落現場に。CUM 爆弾燃料チャージャー、 Cur タンカー:現金・郵便・物資などの運搬、KCS タンカー:燃料などの運搬、空中給油機。図の「135」は民間旅客機ボーイング707の軍事仕様タイプ、135シリーズを示している。

「えっ?一体何の話ですか?(全く理解できない)あれは整備不良による事故だったのでしょう?もう原因が分かって片が付いた事ですよね?」という反応するのが平均的日本人。

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米軍ボーイング135シリーズ

左上から時計回りに、C-135 一般輸送機、RC-135 偵察機EC-135 空中指揮管制機、KC-135 空中給油機、この他に、VC-135 VIP輸送専用機などがある。

少しこの事故についてかじっている人なら「いや123便墜落事故は何かが変だ。圧力隔壁破壊が原因という事故調査委員会の発表は嘘だ。あれは自分でも分かる。でも、軍事衝突?内戦?いくら何でも、それはあり得ないでしょう。」と言う人。

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御巣鷹の尾根の手前に転がり落ちていたJAL123便の第3エンジンと、そのエンジンの端からひょっこり顔を覗かしている円筒形状の異物。実はミサイルの不発弾。JAL123便にミサイルが撃ち込まれた証拠である。

このブログの8月10日付記事「JAL123便墜落事故の真相−助かるべき多くの生存者が情け容赦なく殺された」を始め、他の記事も読まれた方なら「ブログには『墜落は単なる事故ではなく、驚天動地、世界規模の大事件だった。』と書いてあったから、世界規模の大事件って何だろう?と疑問に思っていたのです。今回はそのことについてでしょう?国を超えた巨大権力の衝突がからんでいるのですよね?」と言われるかもしれない。その通り。

このブログで語る事柄は、殆どが一般人の常識を遙かに越えている。一応このような始め方をしないと『読み始めることすらしてくれないのでは?』との懸念から、今回も導入部分に時間を取られている。

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現場で見つかった米国ヒューズ社(現レイセオン社)製の空対空ミサイル部品

前置きが長くなった。本論に移る。JAL123便は間違い無く、撃墜されている。御巣鷹山を舞台とした、軍事衝突の中で起きた不幸な出来事で、証拠隠滅のため、多くの無辜の乗客乗員が殺害された。生存者は毒ガス、アーミーナイフ等でとどめを刺され、火炎放射器で航空機事故遺体に模して骨の芯まで焼き尽くされた。当日現場は、ミサイルが飛び交い、超新兵器までもが投入される大乱戦状態だった。この情報、何人かの勇気ある人達の、文字通り命を懸けた真実追究の闘いの中で得られた、大変貴重なものである。

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空対空ミサイル弾頭部解説図

彼等こそが真の勇者である。今回は彼等の闘いの成果を紹介し、最大限にその業績を讃えたい。ブログのタイトルは「(新) 日本の黒い霧」

JAL123便墜落事故−真相を追う−あれから30年、真実が語られる時

本来ならば、このような事件は警察が担当し、新聞、テレビ局、雑誌社等のメディアが国民に報道すべきこと。警察が動かないのは勿論、メディアも、肝心な事柄になると沈黙して語らない。民放ディレクターの年収が2500万円以上というが、それは口止め料ということだろうか。

ijn9266の管理人は、もし一般民衆が今後何も行動を起こさなければ、「歴史上最大の世界大金融恐慌→国内二大勢力による内戦→極東有事勃発→第三次世界大戦へとエスカレート」といった流れで社会は大混乱の渦に巻き込まれていくと見ている。過去の歴史がそうだったから。そして、実はこれはもう既に始まっている。

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今年起きた311地震津波テロと福島第一原発核兵器テロ。これらはまだ単に始まりに過ぎない。

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(新) 日本の黒い霧の管理者とその仲間達。以下、イニシャルを取ってSNKFと呼ばせて頂く。Shin Nihonno Kuroi Kiri Fightersの略。Fightersを付けたのは、これが無いと「(新)黒い霧そのもの」になってしまうから。単数だと管理者本人、複数だとその他の有力メンバーを含む、ということにしておこう。

S氏:現地調査に当たり、数々の貴重な証拠品を収集、現場に残る核兵器の残骸の影響で放射能症にかかり、殺害部隊から常に命を狙われている。遅効性の毒ガスを撒かれてフラフラになり、銭湯に入ってガスを除去、外に出たら車のブレーキに細工をされていてあわや大惨事に…等は日常茶飯事だ。写真は不審車に体当たりされてペシャンコになった氏の自転車。

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B氏:国際軍事専門家、御巣鷹の現場に残された破片からその日そこで何があったかを読み解く。VXガス分析の時はガスを吸って数日間寝込んでしまった。氏にかかると、どんな小さな破片もたちどころに、どんな兵器のものか、製造会社まで判明してしまうから大変心強い。氏はその地位を失うかもしれない危険を顧みず、軍事の専門知識を提供してくれている。

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B氏はこの煉瓦色破片をイエローケーキ、つまり核物質(濃縮ウラン)と見抜いた。核兵器が使われた動かぬ証拠。

M氏:長野県の実家から友人達とオフロードバイクで墜落現場に夜明け前に到着。まだ生きている乗客乗員約50名の存在を確認。後にその事実を証言。海外勤務が長かったが、現場の放射能の影響か、2000年に肺癌を患い闘病生活に。現在は完治し、貴重な現場での目撃証言を提供してくれている。写真は証言の2週間前、軍しか持たない熱線銃で攻撃され、バーストしたタイヤ。

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SNKF氏:サイトの管理者、物理の専門家。核物質、放射能、被爆治療、等々について大変詳しい。電磁波兵器を照射されたり、闇の権力者から命を狙われながらも、無念にも命を落としたJAL123便の乗客乗員のために真実を明らかにしようと闘ってくれている。

今はフィリピンで、ご自身が御巣鷹山で被爆した経験を生かし、日本から来た福島第一原発核兵器テロによる被爆者の救済にあたりながら、この123便の真実追究活動に身を投じている。

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現場調査中、ニセ交通警官現る。事故で意識を失い銃を取られる不測の事態に備え、普通取り締まり時に携行しない銃を持ち、いつでも銃を撃てるよう右手は素手。

皆さんは彼等の活動の実際を知れば、きっと過去にヒットしたどのスパイ映画よりも緊迫感を感じるだろう。日本内戦の話が信じられない人は、せめてこの切羽詰まった状況を肌で感じ、真実への扉を開いて頂きたい。

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S氏が現場の沢で見つけたソ連製装甲車の鋼板

SNKFのもたらす情報により、具体的にどこの誰がどんな風に動くか、という悪魔のシナリオが見えてくる。彼等のもたらす情報が余りにも現実離れしているので(平和ボケしたB層にとっては)、この活動を取り上げるウェブサイトは現在余り多くは見られない。内容が衝撃的過ぎるからだろうか。当管理人はほぼ100%この情報を真実と信じる。

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参考写真:ソ連製装甲車

ではSNKFのもたらす驚愕の事実を少しずつ取り上げて行く。時系列ではなく、重要なものから。今回は第二次世界大戦当時から現在までと続く、日本国内の二大勢力の対立について述べられている記事を紹介する。この記事についての当管理人の見方はまた別の機会にブログで述べる。以下、東日本大震災三日後、2011年3月14日の記事である。とくとご覧あれ。(参考画像は当ウェブサイトにて挿入、原文には画像無し)

(引用開始)

隠された日米戦争 (新) 日本の黒い霧

2011-03-14 20:51:04 | JAL123便墜落事故

(3.16追記)おかげさまで、まだ生きてます。メディアが一斉にデマを流し始めました。いよいよ1985年、日航機事件の再来となってきました。本記事を一部加筆しました。大事なお知らせも含まれています。みなさん生き延びてください!

本題については、具体例を示し、順を追って説明していこうと思っていましたが、現在の切羽詰った状況ではそうも言ってられなくなりました。非常に荒っぽい説明になることを予めお詫びするも、今の日本がいったいどうなっているのか、私見ではありますが解説します。

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真珠湾攻撃:1941年(昭和16年)現地時間12月7日午前7時49分(日本時間12月8日3時19分)日米開戦

簡単に言えば、日本は今もって米国と交戦状態であり、同時に内戦が勃発しているのです。

1945年8月、表向き太平洋戦争は終結しました。しかし、これはまさしく表向きのお話なのです。これまで日航機シリーズで何度も"国営テロ集団"という、国内の秘密組織について述べてきましたが、彼らこそ旧帝国陸軍の残党であり、戦後も密かに組織を温存してきたのです。

そして、彼らと活動を共にしたのは、日本を占領し、そこですっかり豪族化してしまった在日米国陸軍系の組織です。マッカーサーが何度も米国中央政府と対立したことは有名ですが、その背景には旧日本陸軍との癒着構造があったのです。そして、彼らが、同じ旧陸軍系の流れを組む陸上・航空自衛隊に入り込むのには、それほど困難があったとは考えられません。

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マッカーサー:降伏文書の調印に先立つ1945年8月30日
専用機「バターン号」で神奈川県の厚木海軍飛行場に到着

■太平洋戦争とは何か?

太平洋戦争の本質とは何かと問われれば、その答えの一つに「陸軍と海軍の戦い」があります。私のブログに何度も登場していただいている国際軍事評論家のB氏は、開戦当時、もしも米国と戦争を始めなかったら、おそらく帝国陸軍と海軍の間で内戦が起きたであろうと推察しています。

内戦の危機はそれ以前からのものであり、有名な2.26事件の当日、海軍は東京湾に艦船を浮かべ、反乱軍に対していつでも砲撃する準備を整えていました。この時、昭和天皇より勅が下され、反乱軍は賊とみなされ粛清されるのですが、昭和天皇は陸海による内戦が起こるのを非常に恐れたと言われます。

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2.26事件 1936年昭和11年、朝5時。歩兵第一連隊・第三連隊・近衛歩兵第三連隊など1400名にのぼる陸軍部隊が反乱決起

陸軍と海軍の亀裂は日本だけのものではありません。世界中、どこでも陸と海は仲が悪いと言われますが、それは米国においても同じです。南方諸島に展開した旧日本陸軍と前線で激しく戦ったのは、主に米国海軍および米国海兵隊であり、太平洋戦争の勝利は彼らの功績に負うものが非常に多かった。

しかし、後に日本占領軍として主導権を得たのは米国陸軍であり、どういう訳か旧帝国陸軍とも癒着を始めた、そこに米国内の陸・海対立を助長する新たな要因が発生する訳です。以後、私の見立てとなりますが、太平洋戦争終了後に陸軍閥・海軍閥の違いから次のような大まかな対立構造が発生したと推測されます

(A) 旧帝国陸軍派(陸上自衛隊)&在日米陸軍

   VS

(B)旧帝国海軍(海上自衛隊)&米国海軍・海兵隊

空軍に関しては、元々陸軍航空隊として存在していたことから、日米共に陸軍系列に含まれると考えてよいでしょう。航空自衛隊についてもしかりです。ただし、世の中そんな簡単に2つに割れるものでないので、例外的な個人や・組織、どちらにもつかないグループも当然ながら複数あったはずです。

以上は軍関係についてですが、政府機関や金融資本についても、どちらかのグループに属する他、中立・日和見の立場に分かれていったと思われます。もちろん、狡猾な組織ならば、どちらにも属しうまく立ち回るところもあるはずです。説明は省略しますが、戦後の対立構造はグループ分けするとだいたい次のようになると考えられます

(A) 旧帝国陸軍派(陸上自衛隊)&在日米陸軍
国内財閥系企業&国際金融資本
協力国政府(独・仏・露・中・その他)
※権威

     VS

(B) 旧帝国海軍(海上自衛隊)&米国海軍・海兵隊
国内財閥系企業&国際金融資本
米国政府&日本政府&協力国政府(英・他)
昭和天皇(権威)

*現実はこんなに単純でなく、例えば(A)に属する政府機関の中にも(B)に加担するものがあり、その逆もあります。日本国内の勢力分布は(A)9に対して(B)1といったところと想定されます。(A)が愛国勢力でないことは、今の現実を見てお分かりでしょう。支配側の思考はいつの時代でも、どこの国でも変わることがないのです。

この(A)(B)の国家を跨いだ複雑な対立関係こそが、米国軍機が落としているようで落とされている、そして米国がなおも沈黙し続ける「日航機事件」の背景なのです。この構造は「米国の陰謀」「米国の罠」など一国一組織を悪玉とする短絡的な陰謀論の中では最も見落とされる点です。そもそも、利益を求めて陰謀を巡らすような存在に国家のカテゴリーを当てはめること自体が誤りなのです。

(B)を見ればわかるように、日米の表の顔である両国政府が含まれており、戦後、マッカーサーの失脚から私たちに見える表舞台を主導してきたのは(B)グループであったと言えます。注目すべきは昭和天皇の存在です。陛下がなぜ(B)に含まれるか説明すると長くなるので、ここは単純に「先の戦争を通し、旧陸軍の勝手な行動を非常に嫌悪されていた」とだけ理由を述べるに留めます。良い悪いの判断を別にして、このグループが戦後40年、日本の復興と発展を担ってきたことは、歴史的事実として認めざるを得ないでしょう。

一方、日本国内において、(A)グループは必然として目立たない裏の道を歩むしかありません。彼らにとって有利なのは、戦前・戦争中に不正に蓄えた巨額の資金と、欧州・アジア各国とのコネクション、そして、権威なのです。では、(A) グループの有する権威とは何か、これは想像でしか答えられませんが、敢えて言うならばもう一人の天皇、あるいは裏天皇としか言いようがありません。表には出ないが陛下ご本人と同等に近い権威がある存在、そうでなければ、日航機事件の時や、今もって自衛隊や警察を超法規的な手段で黙らすことなどできるはずがありません。

先ほど、日米戦争と表現しましたが、その実態は(A)と(B)の対立、すなわち米国内戦と日本内戦の同時発生なのです。(B) の海上自衛隊が陸上戦力を持たない以上、実戦力として米国海軍と米国海兵隊が表に出てくることは必然であり、また主だった米国政府機関がこれに加わることから(B)全体が米国戦力と見えるのは必然なのです。

■戦後の日米戦争

〜1985 (1)グリコ森永事件 (2)日航機事件
1989 ☆昭和天皇崩御
〜1995 (3)阪神淡路大震災 (4)地下鉄サリン事件
2011 (5)東北関東大震災 (6)福島第1原発爆発事故

以上は、今回の地震を含め、私が戦後の日米戦争を端的に示す事例として挙げたものです。

(1)は犯人グループが警察の内部事情を熟知していた。また、警察で犯人がほぼ特定できたにもかかわらず連行することも捕まえることもできなかった。(A)による犯行の可能性が極めて高いが、日航機に先立つ情報統制の予行訓練をしていたようにも見える。

(2)本ブログの主力テーマ、日航機の積荷をめぐり(A)と(B)が互いに実戦力を投入したケース。勝敗は決せず(A)(B)共に沈黙を守ることとなる。

(3)-(4)と(5)-(6)の関係は非常に似通っている。「大地震発生の後の毒物テロ」。(6)をテロと言ったのは、原発を破壊した振動が東北関東大震災を発生させたそれではないとの情報を得たからです。これはどちらも(B)による地震攻撃(*)に対して(A) がテロで応戦したもの。

なぜ応戦と言えるか?社会騒乱を起こすことは、(A)にとって、(B)の傀儡である現政府にダメージを与え、後に軍事統制を引くことで(B)との決定的な戦争状態に持ち込むことができるからです。関東地方の計画停電や物資の配給ストップは、形を変えた戒厳令であり、この後で大きな政変が起こるかもしれない前触れです。

☆戦後、米国の後ろ支えを得て、旧軍部と決別した(B)の昭和天皇ですが、日本の経済成長と共に(A)が勢力を回復しはじめ、中曽根内閣誕生頃から、本来宮中行事のサポート役であるべき(A)の裏天皇との対立が深刻化。結果、毒殺されるに至ります。

*地震攻撃の主力は断層に埋め込まれた核爆弾と考えられます。電磁兵器のHAARPが噂されていますが、これは地表面に2次磁束を発生させ、主力の効果をより確実にする程度のものであると私はみています。そう考えると、現在も東京湾、千葉沖で頻発している地震は爆薬によるものであり、 この先、断層が大きく断裂した場合、関東大震災および東南海地震が発生する可能性があります。その場合の反撃手段は静岡の浜岡原発しか考えられません。関東・東海のみなさん、避難してください!

■国内騒乱を希求する人々・企業

今回の核テロを実施した(A) グループに属すると思われる人々です。詳しい説明は省略しますのでかなり乱暴ですがご容赦ください。この中に陰謀論に詳しい方々が「反米愛国者」「親米売国奴」とみなしている人物も含まれていますが、その様なパターン化した人物評こそ本当はどうなのか、巧みな情報操作なのではないか、疑いながら読まれるべきだと思います。

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海軍主計大尉時代の中曽根康弘

--政治家--
中曽根康弘:親米と言われるが実は親中派、レーガン大統領との友情は全て演出。
小沢一郎:第3次中曽根内閣で警察と公安のトップに、123便の秘密を最も知る人物。
亀井静香:グリコ森永事件の黒幕、許栄中事件との黒い関係はあまりに有名。
福島瑞穂:弁護士時代、123便関連訴訟を体制側有利に処理、小沢一郎の子分。
羽田孜:南相木村側を地元とする議員。無能ながら小沢一郎のプッシュで総理に。

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瀬島 龍三(せじま りゅうぞう、1911年12月9日 - 2007年9月4日)大日本帝国陸軍の軍人、日本の実業家。

左:大日本帝国陸軍大本営参謀時代、中央:1946年東京裁判にソ連側証人として出廷、右:伊藤忠商事会長時代

陸軍士官学校第44期次席、陸軍大学校第51期首席。大本営作戦参謀などを歴任、最終階級は陸軍中佐。 戦後は伊藤忠商事会長。号は「立峰」。義父の兄は岡田啓介、義父は岡田政権で内閣総理大臣筆頭秘書官を務めた松尾伝蔵(陸軍大佐)。

--企業--
伊藤忠商事:元陸軍参謀、瀬島龍三会長を擁す 貧しい農家の出身という出自は虚構。
住友銀行:警察予備隊であったころから自衛隊・山口組と癒着 (A) の番頭的存在。
東急グループ:五島一族 中曽根、瀬島と深く関わる 日航機調査を激しく妨害した。
東武グループ:根津一族 日航機調査を組織全体で妨害した。スカイツリーは兵器か。
電通:事実上(A)グループのエージェント組織。
トヨタ自動車:事実上尾張徳川家に支配された軍事志向の企業。
東京電力:旧陸軍系企業。神流川発電所の疑惑については他の記事を参照。
(他にもありますが、この辺で止めます)

--その他--
裏天皇(仮称):(A)グループの最高意思決定権を有する人物・または合議体。旧帝国陸軍においても、意思決定を行っていたのはここではないか疑われる。戦争中は東北の部隊を集中的に前線におくり玉砕させ、今回、福島での核汚染を平気で実行させていることから、太古から日本に住み着いていた東国人を極めて軽視しているようにも見える。おそらく、彼らを敵視する渡来系祭祀族の末裔、朝鮮半島に由来を持つ人物なのではないか。旧宮内省、現在の宮中でも大きな権力を持っていると思われる。

尾張徳川:紀州・水戸は零落したが、尾張徳川は莫大な資金を有し資本家へと転進する。明治維新は長州・薩摩と言われているが、時代の潮流を読みつつ、尾張も幕藩体制の解体に加担したのではないか。(A)のスポンサーであると疑われる。

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天台宗:徳川家の菩提寺を預かる。徳川家との深い関係は明らか。日本の黒幕的宗教と言えば某学会が有名だが、密議・謀議に手を染める宗派としては、天台宗の右に出るものはない。日本の裏金と麻薬を牛耳る闇組織である。

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水中から敵を殺害する特殊部隊

忍者:他に表現しようがないので。その風貌は、老夫婦であったり、コギャル風の女子高生であったり、子供を抱いた家族連れであったり、それでいて、バックに小型の電磁パルス発信機を忍ばせこちらに照射してくる。そのやり口は時代小説の忍者とそっくり。

信じられないことだが、今でも家族ぐるみで殺人訓練をしている忍者の里のような集落があるのだろう。尾張徳川のお抱えと考えれば何となく納得できる。妨害ポイントまでの移動に全窓カーテン張りのマイクロバスを使ってくるので、とてもわかりやすい。

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同和系組織:教科書的には最下層の被差別民と説明されることが多いが、実際は秘伝の特殊技能を有するグループで、租税免除など支配者から特権的な待遇を得られていたと考えられる。

旧日本陸軍731部隊などは村をあげて満州に赴いていることから、その村が薬物の取り扱いを専門に行う同和系組織だった可能性がある。上述の忍者などもこのカテゴリーに属するものと思われる。グリコ森永事件も、いずれも同和出身経営者の企業を狙っているので、(A)組織内の締め付けも目的の一つだったのかもしれない。

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組系:全国の暴力団組長の9割は、在日・同和出身者で占められている。(A)の最末端であり、詳説は不用であろう。今回の騒乱においても、使い捨てられる哀れな存在とも言える。

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日本最大の暴力団組織 山口組

■争いを超えて

以上、舌足らずな説明で、何がなんだかわからない読者の方も多かったのではないかと思います。申し訳ありませんが、今回の記事はご自身で今の事態を考える上でのメモとしてお使いください。

私がわかってほしいのは、現在の状況が、これまで知られることのなかった日本国内の内乱の表れであり、米国や現日本政府を非難するだけでは本質を決定的に見誤るということです。そしてこの内乱の歴史は非常に長く、もしかしたら、大和朝廷成立期にまで遡る根の深い話になるのかもしれません。

私は、ここで紹介した(A)(B)両グループのどちらが正当であるかないのかという議論をしたくありません。ただもう、争いによって犠牲者を出すのはたくさんなのです。それは日航機事故調査の時から一貫した思いです。

私たちは大和(ヤマト)の民であり、今こそ大和という言葉の原義に戻り、この悲しい争いを、和解を通して終わらせなければなりません。(引用終わり)

JAL123便撃墜事件を通して見るこの世界の現実

米軍機から発射されたファルコン核ミサイル(1発は不発弾、1発が命中)によるJAL123便撃墜、そして恐らくは核を超える最新兵器による米軍機撃墜という、国内2大勢力による内戦は、双方の沈黙により、一見沈静化しているように見える。

しかし、それは大きな誤りで、この2大勢力は最終決戦の時に備えて、国内外の世論操作、軍備の拡充に余念がない。

それら2大勢力を主導する者の正体は?何故そのような対立があるのか?その対立が起こったのはいつからなのか?JAL123便撃墜事件を追及していけば、これらの疑問に対する答えが見えてくる。

早い話、この問題をどうすれば解決できるのか、正直言って彼らも一体どうしたら良いのか分かっていないようだ。世界最高の権力を握らされているものの、根本的な解決方法を見い出せぬまま、数千年間にわたって争いを繰り返している。つまり、彼らのいずれの側も、世界の覇権を維持するにはもう限界が来ている。「力対力」というやり方は、何の解決にもならないばかりか、地球の破滅を招きかねない。

(地球上の遺跡を丹念に紐解けば、意図的に封印された真の地球人類史が蘇る。太古の時代、現代とは比べものにならないほどの高度な文明が、この地球上にいくつも存在していた。しかし、それらの文明は、地球を複数回襲った大自然災害と、精神の未熟さ故に、現代の核兵器を遙かに凌ぐ超兵器使用の大戦争により滅亡。JAL123便事変でも、核兵器はもちろん核を越える超兵器使用の痕跡が認められる。結局地球人類は、同じ過ちを何回も繰り返す愚かな存在でしかないのか?)

この問題を解決する方法があるとすれば、ただ一つ。それは我々一般大衆が目覚め、「黄金律」を実践することだ。筆者にはそれ以外にこのJAL123便撃墜事件のような不幸を繰り返さない方法を思い浮かばない。

我々一般大衆が目覚め、裏表の無い本当の世界平和への道を盤石なものとするときに、初めてJAL123便事件が解決したと言える。

その暁には、この事件を起こした彼らにも、新しい平和な世界の建設に加わるよう促そう。そして、これまでの罪を許し、過去は水に流そうではないか。彼らもまた「迷い人」なのである。

参照元 : ijn9266のブログ