「シリア日本人誘拐」の裏にある、テロ組織の“身代金ビジネス”

2014年08月28日 08時00分

シリア北部で日本人が、イスラム教過激派組織に誘拐されたことが判明した。欧米でもジャーナリストや技師が過激派組織に誘拐されているが、その裏にはテロ組織の資金源となる、巨額の「身代金ビジネス」があるのだ。

著者プロフィール:伊吹太歩
出版社勤務後、世界のカルチャーから政治、エンタメまで幅広く取材、夕刊紙を中心に週刊誌「週刊現代」「週刊ポスト」「アサヒ芸能」などで活躍するライター。翻訳・編集にも携わる。世界を旅して現地人との親睦を深めた経験から、世界的なニュースで生の声を直接拾いながら読者に伝えることを信条としている。

シリア北部アレッポで8月17日までに、日本人の湯川遥菜氏がイスラム教スンニ派過激派組織「イスラム国(Islamic State of Iraq and Syria、略称ISIS)」とみられる戦闘員らに拘束されたことが判明した。湯川氏の様子はビデオや画像などで公開され、日本でも彼のこれまでの言動などがあちこちで取り上げられた。

そんなニュースが日本を騒がす矢先、2012年11月に誘拐された米国人ジャーナリストのジェームズ・フォーリー氏がカメラの前で、ISISテロリストに生きたまま斬首される残忍な映像が公開された。

湯川遥菜氏がISISに拘束されたのは、シリア北部にある都市アレッポだ

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フォーリー氏の家族の思いを考えると心が痛むが、ビデオに登場して処刑を行った人物は英国なまりのイスラム過激派であり、「ザ・ビートルズ」というニックネームがある英国出身者集団(500人ほどいると言われる)の1人とみられている。今シリアやイラクのISISなどの過激派集団に、欧米国籍所持者が若者を中心に増えているが、その現実を見せつけた意味でも、この件は世界で衝撃を持って受け止められた。

米国はフォーリー氏の釈放に向けた活動を行っていたが結局、テロリストとは交渉しないという従来のスタンスを曲げず、結果的には彼を見殺しにしてしまった。

今米国では、米政府の“交渉しない”という方針の是非が議論されている。そしてその議論の背景には、ISISの「身代金ビジネス」がある。奇しくも今、日本人がISISとみられる集団に誘拐されており、日本もこの問題について考える必要があるだろう。

フォーリー氏に137億円の身代金を要求

フォーリー氏の殺害ビデオは「米国へのメッセージ」とタイトルがつけられている。動画の中で、ISISのメンバーは「処刑の動機は、米軍が始めたイラク北部への空爆に対する報復であり、空爆を止めなければ別の米国人拘束者を殺害する」と脅迫している。さらに捕虜の交換なども釈放の条件にしていたようだが、そんな大義とは裏腹に、水面下では身代金の交渉が行われていた、とニューヨーク・タイムズ紙は報じている。

同記事によれば、ISIS側はフォーリー氏の身代金として1億3200万ドル(日本円で約137億円)を要求していた。要は、彼らの目的は身代金だったのである(参照リンク)。

実はフォーリー氏の殺害直前、その犯行グループから、フォーリー氏の家族宛てに電子メールが送られており、メールに「お前たちは、ほかの政府は受け入れてきた現金送金という手段で、釈放を交渉する多くのチャンスを与えられていた」という文があった。この文言からも、彼らの目的は明らかだろう。

フォーリー氏への身代金を取り上げた、ニューヨーク・タイムズ紙の記事「Before Killing James Foley, ISIS Demanded Ransom From U.S.」
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 だが、米政府は身代金の支払いを拒否した。もちろん法外な金額であることは言うまでもないが、米国がテロリストに妥協しない方針を貫いたからだ。米政府はかねがね、身代金を払えばテロ組織を延命させるだけでなく、同様の事件が繰り返されるだけだと主張している。ただ結果として、自国民を見殺しにしたのは間違いない。

身代金を支払っていれば、フォーリー氏が斬首される必要はなかっただろうという事実が明らかになり、見方によっては“冷酷”な米政府の方針が、批判の矢面に立たされることになった。というのも、自国民が誘拐されることが多い欧州の国々は、やはり身代金を払ってでも彼らを救い出しているからだ。

50人で130億円、ISISの身代金ビジネス

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多額の身代金は、そのままテロ組織の資金源になると言われている

2014年に入ってからもスペインのジャーナリスト3人が釈放されたり、4人のフランス人ジャーナリストが無事に帰国したが、彼らは政府が身代金を払ったことで、生きたまま首を切られることなく自由になれた。

ちなみに分かっているだけで、これまでにフランスは身代金として5810万ドル(約60億円)、カタールとオマーンが2040万ドル(約21億円)、スイスが1240万ドル(約13億円)、スペインが1100万ドル(約11億円)、オーストリアが320万ドル(約3億3000万円)をテロ組織に支払い、自国民を救っている。

身代金を払う欧州の国々はもちろん「カネを払います」とは公言しないし、支払ったことも公にはしない。フランスに至っては、フランスの原子力技師4人が誘拐され、3年後の2013年に釈放されたケースがあったが、外相はその際に「身代金を支払わないというポリシーは変わっていない」とだけ話した。しかしその後、実際には2800万ドル(約29億円)を支払っていたことが暴露された。

身代金支払いを公にできないのは、米政府の主張通り、身代金がイスラム過激派組織の資金源になっている事実があるからだ。報じられるところでは、過去5年だけをみても、イスラム過激派組織が拘束した外国人は50人以上になり、身代金で稼いだ額は少なくとも1億2500万ドル(約130億円)に上るという。言うまでもなく、こうした身代金のほとんどは欧州諸国によって支払われたものであり、テロ組織の資金源になっていると言われる。

かつてニューヨーク・タイムズ紙の米国人記者がアフガニスタンで拘束されて命懸けの脱走に成功したというケースがあるが、脱走できるケースは非常にまれであり、さらに世界最強の米軍の特殊部隊をもってしても、救出作戦で誘拐された人が助けられたケースは少ない。

今回のフォーリー氏のケースでも、米高官は、オバマ大統領の承認で米特殊部隊が極秘作戦で救出を試みたと語っている。「不運なことに、救出を試みた場所に拘束されている人たちがおらず、作戦は成功しなかった」と話しており、十分な情報収集もできていなかったことを認めた。

つまり、米国人はテロリストに誘拐、拘束されればほぼ命がないということになる。フォーリー氏のケースで米国民が不快感を示す背景には、救出もできず、身代金も払わない政府の無策ぶりに向かっている。

湯川氏の交渉は難航する可能性が高い

とはいえ、最も責められるべきはISISなどの過激派組織である。ISISやアルカイダ系の組織は、イスラム原理主義やシャリーア(イスラム法)などと大義を挙げながら、結局のところは身代金ビジネスを行っているに過ぎない。

もちろん、それを資金としてさらなる虐殺・恐怖支配を行っているわけだが、先日話を聞いたあるサウジアラビアのジャーナリストは「イスラムでは人を殺すこと自体が許されていない。ああいう輩はイスラム教徒でも何でもない」と憤っていた。

では、今回日本人で拘束された湯川氏のケースはどうだろうか。彼のケースでは、日本政府が身代金を払う意思を伝えても、彼が武器を所持していた点が大きな障害になる可能性がある。彼は米国や欧州出身で拘束された人たち(ジャーナリストや技師たち)とは異なり、過激派組織側から、彼らと敵対するFSA(自由シリア軍)の戦闘員として戦っていたと思われているからだ。

湯川氏が拘束された際のものとみられる映像では、こんな場面がある。過激派側が「オレに嘘をつくな、お前は日本人ではない。どこ出身だ」「FSA(自由シリア軍)の兵士か? UK(イギリス)の兵士か?」と問い詰めている。中東地域の人たちには、日本人が武器を持って自分たちと戦うなんて想像もできなかったのだろう。

こうしたことから、身代金交渉は難航すると思われる。まず、湯川氏自体が戦闘員ではないことを証明し、敵対する組織のメンバーではないことを理解させる必要があるためだ。一応、カネがあり、一般的に害が少ないとみられている日本の国民ということから、身代金を上乗せすることで釈放になる可能性もないことはない。

もちろん湯川氏には無事に帰国してほしい。だが、身代金をテロ組織に払うにも米国からの「支払わないように」という要請が入る事態は考えられるし、身代金を支払えば、かつてのイラクで日本人が誘拐された際に高まった「自己責任論」のように、国内で議論を巻き起こす可能性もある。

現在、隣国ヨルダンに移動している在シリア日本大使館が情報収集をしているようだが、すぐに動きはないと思われる。今後も湯川氏の行方からは目が離せない。

参照元 : Business Media 誠

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