「液体電池」で600km走る車、給水が充電

2014年07月25日 07時00分

レドックスフロー蓄電池技術を革新したと主張するnanoFLOWCELLは、2014年7月、新型電池を搭載した電気自動車「QUANT e-Sportlimousine(クアントeスポーツリムジン)」の公道試験が可能になったと発表した。新型電池は液体に電力を蓄える。電気自動車をどのように変える技術なのだろうか。

電気自動車の常識を打ち破る技術がまた1つ登場した(関連記事)。車載タンクに蓄えた400L(リットル)の水溶液から電力を引き出し、600km走行する車が作れるのだという。電池切れになったら、水溶液を「給油」(給水)して何度でも600km走る。600km走行できれば東京大阪間を走破できる。ガソリン車と全く同じ使い方が可能になる。

この技術では水溶液自体に電気エネルギーが蓄えられている。走行時に水溶液以外の何かを消費することはない。水溶液に含まれているのは安価で環境に負荷を与えない金属イオンであり、貴金属やレアメタルは使っていない。水溶液が低コストになるということだ。

実車が公道を走る

この技術は特殊な条件下に置いた試験管の中だけで再現できるものだろうか。違う。スイスとオーストリアに挟まれた小国リヒテンシュタインに本拠を置くnanoFLOWCELLは、2014年3月にスイスで開催された「ジュネーブモーターショー2014」で最初のプロトタイプモデルである「QUANT e-Sportlimousine(クアントeスポーツリムジン)」を展示。2014年7月にはドイツのバイエルン州オーバーバイエルンの地方政府から公道の走行許可を取得、ドイツと欧州の公道を使った走行試験が可能になった*1)。

図1は交付されたナンバープレート「ROD-Q-2014」を掲げるnanoFLOWCELL CTOのヌンツィオ・ラ・ベッキア(Nunzio La Vecchia)氏と、同社取締役会会長のイエンスペーター・エレルマン(Jens-Peter Ellermann)氏だ。

*1) 認証機関であるSGS-TUV Saarの試験に基づいて公道走行の承認が得られた。

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図1 「QUANT e-Sportlimousine」の前でナンバープレートを掲げるヌンツィオ・ラ・ベッキア氏(右)とイエンスペーター・エレルマン氏(左) 出典:nanoFLOWCELL

高級スポーツカー仕様をうたう

QUANT e-Sportlimousineは、名前の通り、スポーツカー仕様の車*2)。最高速度は推定350km。停止状態から時速100kmまで2.8秒で加速する。炭素繊維強化樹脂を用いたモノコックボディを採用しており、座席が4つあるにもかかわらず、ガルウィング構成を選んだ(図2)。

四輪駆動であり、それぞれのタイヤに1台ずつ三相誘導モーターが割り当てられている。モーターの最大出力は170kW/個、最大トルクはモーター当たり2900Nm。

*2) 「満タン」時の車重は2300kg。ホイールベース3198mm、全長5257mm、全幅1357mm、全高1357mm。

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動力源はどうなっている

QUANT e-Sportlimousineの最大の特徴は冒頭に紹介した通り、電池システムを中核としたパワートレインにある。どのように電力が流れるのか、図3に従って説明する。

同車には200Lのタンクが2つ備えられており(1)、それぞれ異なる水溶液AとBを蓄える。タンクはそれぞれ1つずつ「給水口」を備えている。水溶液から電力を取り出す「電池」を社名と同じnanoFLOWCELLと呼ぶ(2)。出力電圧は600V、出力電流は50Aだ。電池が出力した電力(30kW)を大容量キャパシタ(スーパーキャパシタ、3)に一時的に蓄え、その後モーターに供給する(4)。

大容量キャパシタは蓄電容量の大きな「コンデンサ」だ。一般的な蓄電池とは異なり、ほとんどロスなく電力を充放電できる。さらに1秒間当たりに放電、蓄電できる電力が大きい。スポーツカーに対応できる電池システムとして優れた構成なのだという。大容量キャパシタの用途はもう1つある。回生電力を蓄え、必要に応じて放出することだ。図3にあるVCUは電池システム全体の制御部だ。

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図3 QUANT e-Sportlimousineのパワートレインの構成 出典:nanoFLOWCELL
液体電池とはそもそも何なのか

nanoFLOWCELLは、全く新規な蓄電池技術ではない。同社は1976年にNASAが特許を取得したレドックス技術に源流があるとしている。この技術は日本ではレドックスフロー蓄電池として実用化されている(関連記事)。

まずはリチウムイオン蓄電池とレドックスフロー蓄電池を比較することで、「液体電池」の特徴をあぶり出していこう。

リチウムイオン蓄電池ではリチウムイオン(Li+)が、セパレーターを挟んで向かい合う負極(グラファイト)と、正極(リチウム金属酸化物)の間を行き来することで充放電が起きる。図4では放電時の様子を示した。リチウムイオンが正極から「溶け出す」「元に戻る」という反応をくり返すため、何度も充放電を行うと正極の(分子)構造が乱れていき、容量が当初よりも減ってしまう。これが寿命につながる。

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図4 リチウムイオン蓄電池が放電している様子(セパレーターなどは省略)
 
レドックスフロー蓄電池では金属イオンを含む2種類の水溶液、これをイオン交換膜で分離して配置する。2つの水溶液の間を行き来するのは、一般には水素イオン(H+)だけ。それぞれの水溶液は充放電時に別々の水溶液の状態を保ったまま金属イオンの酸化還元(レドックス)反応を起こす*3)。溶出や析出などの現象は起きない。このため、リチウムイオン蓄電池のような寿命の問題が起きにくい。1万回以上の寿命(充放電サイクル)をたやすく実現できる。

*3) 金属イオンとしてバナジウム(V)やクロム(Cr)、マンガン(Mn)などを使ったレドックスフロー蓄電池が多い。住友電気工業が開発した容量2万kWhの電池(関連記事)では、正極側負極側ともバナジウムを用いている。充電時は正極側のバナジウムを含む4価のイオン(VO2+)が5価(VO2+)になって電子を放出、負極側は3価のバナジウムイオン(V3+)が電子を取り込んで、2価のイオン(V2+)となる反応が起きる。

NASAのレドックスフロー蓄電池に関する特許(US3996064 A、1976年)に添付された図の一部を図5に示す。負極側の水溶液が流れる部分を赤色で示した。「18」が水溶液タンク、「10」が電池セル、「11」がイオン交換膜、「14」が負極、「28」が例えば走行用モーターに当たる。「20」と「21」は水溶液循環用のポンプとモーターだ。nanoFLOWCELLにも「20」と「21」に相当する部品が使われており、電池システムにおける唯一の機械的な可動部だという。

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図5 レドックスフロー蓄電池の基本構成(NASA特許) 出典:米国特許商標庁
 
レドックスフロー蓄電池の長所はもう1つある。水溶液にエネルギーが蓄えられているため、大容量の電池が必要なら単にタンクの容量を増やせばよい。リチウムイオン蓄電池ではこうはいかない。

ただしこのような長所は、そのままレドックスフロー蓄電池の短所にもなる。大容量のタンクが必要なため、小型化できないのだ。レドックスフロー蓄電池の用途は、電池の寸法よりも大容量化や長い寿命などが重視される定置型電池、例えば太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーの平準化などだとされている。

nanoFLOWCELLは何を改良したのか

レドックスフロー蓄電池の性質を理解すると、リチウムイオン蓄電池と比較して車載用途には向かないことが分かるだろう。ヌンツィオ・ラ・ベッキア氏は、1L当たりに蓄えられる電力量(エネルギー密度)と1秒間に放出できる電力(パワー密度)を高めることができない限り、車載用途は開けなかったと語っている。かさばりすぎる上に、少しずつしか電力を取り出せなかったからだ。

nanoFLOWCELLではどのような金属イオンを採用したのか、明らかにされていない。同氏は、分子設計を通じた量子化学の応用により性能を改善したとだけ説明する。それでも結果ははっきりしている。水溶液中のイオン濃度を高く保つことができ、エネルギー密度やパワー密度が高くなったという。通常のレドックスフロー蓄電池であれば必要だった数千Lのタンクを、数百Lにまで減らすことにつながった。

同時に蓄電池の内部抵抗を下げることにより、内部効率が80%以上に高まった。自己放電も少ない。1日当たり1%以下だ。これらの成果が、レドックスフロー蓄電池(nanoFLOWCELL)で動作する史上初の電気自動車を生み出したのだという*4)。

同社はnanoFLOWCELLの性能を分かりやすく示すために、同電池を鉛蓄電池とリチウムイオン蓄電池、従来型のレドックスフロー蓄電池、ディーゼルエンジンと比較した表を公開している(図6)。

*4) 電気自動車を設計する際に、リチウムイオン蓄電池と比べて、もう1つ長所があるという。充放電時にほとんど熱を発しないことだ。現在の電気自動車ではリチウムイオン蓄電池の温度管理に最新の技術が使われている。これが不要になる。

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図6 各種電池の基本性能の比較 出典:nanoFLOWCELLが公開した資料に基づいて作図
 
黄色を敷いたレドックスフロー蓄電池とnanoFLOWCELLを比較すると、出力密度(1kgの電池が出力するパワー)は600倍、エネルギー密度(1kgの電池が蓄える電力量)は5倍に高まっている。出力密度が高まると、1秒間当たりに利用可能な電力が増える。電気自動車であれば瞬発力(加速)が向上する。エネルギー密度の数値が増えると、電池を小型化でき、小さな電池でも長距離を走行できる。

図6から分かるように、リチウムイオン蓄電池と比較しても、出力密度で1.5倍、エネルギー密度で5倍に達している。nanoFLOWCELLは確かに電気自動車に向いている。

エネルギー密度は重量当たりだけでなく、体積当たりの値も重要だ。nanoFLOWCELLの体積エネルギー密度は、600Wh/L*5)。これは車載用リチウムイオン蓄電池の5〜6倍に当たる数値だと主張する。

なお、nanoFLOWCELLはレドックスフロー蓄電池と変わらぬ長所も残している。寿命だ。リチウムイオン蓄電池の1000サイクル(充放電回数)という寿命に対して、nanoFLOWCELLでは、1万サイクルでも目立った性能の低下が起きないことをうたう。

*5) QUANT e-Sportlimousineのタンク容量は1つ200L(2タンクで1組みとして動作)なので、蓄えられているエネルギーは600Wh/L×200L=120kWh。同車の電費(燃費)は20kWh/100km。600kmという走行距離は計算が合う。なお、同社によれば、QUANT e-Sportlimousineの内蔵タンクは800Lまで比較的容易に増量できるという。その場合、走行可能距離は単純計算では1200kmに伸びる。

まず自動車として確立、そして……

ヌンツィオ・ラ・ベッキア氏は、QUANT e-Sportlimousineのスケッチを2003年に開始し、企業としてのnanoFLOWCELLを2013年に立ち上げている。電池としてのnanoFLOWCELLの開発期間は、レドックスフロー蓄電池の基礎研究を含めて14年に渡る。

同社はドイツRobert Bosch(ボッシュ)の子会社であるドイツBosch Engineeringと2014年2月に提携を結んでおり、車載電装品の開発を共同で行う。同氏によれば2014年中に5つのプロトタイプを設計開発する他、公道走行許可の次のステップとして、QUANT e-Sportlimousineの連続生産に向けた正式承認を取得するという。

イエンスペーター・エレルマン氏は、ヌンツィオ・ラ・ベッキアのビジョンで始まった電気自動車の開発が、ジュネーブモーターショーの4カ月後に公道使用許可という形で結実したこと、それほど短期間で承認が下りるほど「成熟した」技術であることを強調している。そもそもレドックスフロー蓄電池は、定置型大容量電池として優れている。このため、同氏はnanoFLOWCELLを電気自動車用だけにとどめておく必要はないとし、海運や鉄道、航空といった産業にも適したソリューションだと主張する。

参照元 : スマートジャパン